「ただいま」と玄関から声が聞こえてきた。「お帰りなさい」と柚がすぐに移動する。玄関から母と柚の話し声が聞こえてくる。その間、棗はどうやって猫のことを母に説明し、説得するか、ということに頭を巡らせていた。


 母が柚と一緒にリビングに入ってくる。そして、思った通り、見知らぬ猫の姿を見て、母はその目を丸くした。その顔はどことなく柚に似ていた。いや、柚が母に似ている、と言ったほうが正確なのだろう。二人は血の繋がった親子なのだから、似ているのは当たり前のことなのだ。

 母が棗を見て顔をしかめた。棗は猫や柚のときのように、母に笑いかけたりはしなかった。

 棗は母にソファーに座るよう指示されて、そこに座った。その少し隣に母が腰を下ろした。仕事終わりでスーツ姿のまま。母の服や髪は雨に濡れたままだった。棗は母に猫との出会いをそのまますべて、嘘偽りなく正確に伝えた。そのあとで猫を飼いたいと母に願い出る。その間、母はずっと棗の話を真剣に聞いてくれていた。キッチンの椅子には猫を抱いた柚がいる。柚はちらちらとこちらの様子を伺っているようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る