2019.7.10

 新宿の古びた古本喫茶だった。

 仕事の同僚と数人で、年季の入ったソファーに座ると、それだけで後は本棚でいっぱいになる様な、そんな店だった。

 幾人か、メロンソーダを頼んだ。

 人工的な緑が眩しいソーダをストローで吸った。安っぽい味がした。

 店主は『えっちゃん』と呼ばれるベレー帽を被った爺様だった。えっちゃん一人で切り盛りしている店だった。

「そろそろ此処も潮時かね」

 そんな事をえっちゃんは呟いていた。

 同僚達がひそひそ話をして、幾度か立ち上がった。それからソファーに座り、なんでもないかのように珈琲やメロンソーダを啜る。

 どの位そうして居たか。

 暗くなると三々五々、同僚達は帰って行った。えっちゃんも片付けを終えてシャッターをおろす準備をしていた。

 ふと立ち上がると本棚の隙間に紙が見えた。手に取ると七夕の短冊だった。中には同僚達の名前もあったし、詩を書き連ねている者もいたし、外国人観光客と思われる書き込みもあった。

「此処はね、古本屋を辞めたら改装してスナックになるんだ。新宿らしいだろう」

 そうえっちゃんは囁いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る