2019.6.24-1

 私は美しい少女の下僕となっていた。

 少女はヤクザ者の娘だった。深窓の令嬢で、私はそのお目付け役、と言うより下僕、と言うのが正しかった。黒髪に黒スーツの情けない優男になっていた。

 私は私自身の姿を簡単に思い出せるのだが、少女の姿は茫洋としか思い出せない。可愛らしい顔立ちは覚えているが、髪の色すら覚えていない。黒髪ではなかったように思う。だから派手な色かと言われると違う。印象としては白、だった。

 少女と私は恋に落ちた。夜の静かな街でお揃いの傘を買った。黒い傘だ。フリルとレースがついていて、男女どちらが使ってもおかしくない。

 組織にバレた日。私は少女に別れを告げて組を出た。金は無い。

 田舎に逃げるつもりで新幹線の停る駅で、寿司を食べた。銀に光る近未来的な店だが、店主は元は老舗の爺様らしく、私が美味いと言わずに無言で食っていたのに腹を立てたらしい。

「此奴はどうだい、兄ちゃん」

 自信満々に骨太のがっしりした爺様が出してきたのは、皿に一つ乗ったネタだった。肉だった様に思える。それを咀嚼した私は「美味い」と言った。爺様は満足した様だった。

 会計をする事になった。私は一万円を出したのだが、「兄さん、釣り銭だよ」と爺様が六万五千円を握らせて来た。

 私は何度も丁重に断ったのだが、爺様は納得しなかった。

「俺には分かる。あんたにゃ必要だ。取っときな」

 そう言われると私は笑って、「ありがとう」と釣り銭を頂いた。

 逃避行。少女は隣に居ない。

 ただ、手の中に傘だけがあった。

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