18鱗目:お洋服!竜娘!

 もうちょっと緩く…………その代わりここに力を込めて…よし、後はこのまま…………………


「鈴ちゃん!」


「うひゃあ?!」


 バンッ!といい音を立てて千紗お姉ちゃんが扉を開け、僕はその音に驚いて尻尾に力を込めてしまい、尻尾で持とうとしていたおたまをへし折ってしまう。


「び、びっくりしたぁ……あ」


「ごめんねー、っておたまで何してたの?」


「尻尾の力加減の練習」


 そう言うと僕は、持ち前の馬鹿力で折れたおたまを更にへし折りコンパクトにすると、危なくないように袋に入れて千紗お姉ちゃんに渡す。


「それで千紗お姉ちゃんはなに?なんの用事?」


「あっそうだった!それじゃあ鈴ちゃんに問題、これはなんでしょうか!」


 僕が千紗お姉ちゃんになんの用事で来たのか聞くと、千紗お姉ちゃんはニコーッといい笑顔を浮かべながら後ろから結構大きい紙袋を取り出し、そう問題を出してくる。


「んー……大きめの紙袋?」


「ちがうー!そうじゃなくて中身の話!」


 検査の時に使う道具?いやそれならこんな「サプラーイズ」みたいにする必要ないし、この間出した料理材料の希望申請はもう通ったし…………

 あ、今日の晩御飯はハンバーグにしよう。


「んー………わかんない。ところで千紗お姉ちゃん、今日の晩御飯はハンバーグでいい?」


「やったハンバーグ!じゃなくて……こほん!それじゃあ答え合わせでーす。なんと中身はー……じゃっじゃーん!鈴ちゃんの新しいお洋服でしたー!」


 ハンバーグと聞いて一瞬目を輝かせた千紗お姉ちゃんは咳をひとつして気を取り直すと、そう言って洋服を紙袋から次々と出してくる。

 そして最終的に千紗お姉ちゃんの部屋と化している畳コーナーには、上下合わせて20着くらいの服が山のように積まれていた。


「これまた…………すごい量だねぇ……」


「ふふーん♪鈴ちゃん驚かせようと思って叶田ちゃん達と隠れて作ったの全部一気に出したからねー!」


 oh……なんということでしょう。

 そんな事が僕の知らないうちに進められていたとは……というかこれ全部僕のか。

 こんなに着ないよ絶対、間違いなく、確実に。というか女物の時点で僕としては正直遠慮願いたい。


 そう僕が思っている横で千紗お姉ちゃんはひらひらふりふりの、いかにも小さい女の子が着てそうなワンピースを広げながらこんな事を言ってくる。


「それに。やっぱり鈴ちゃんも女の子になって結構経つんだし、そろそろお洒落とかしてみたいんじゃないかなーって」


「いや、僕はこの1着で充分なんだけど……」


 千紗お姉ちゃんから期待の眼差しを受けた僕は、少し苦い顔をして今着ている千紗お姉ちゃんから最初に貰った服のスカートの裾を軽くつまみあげる。

 そんな僕の服装事情だが、基本的にこの服と病院服を交互に着ているといった具合だ。ちなみに下着だけは何故か4着用意されていたりする。

 なぜ下着だけこんなにもあるのかは謎である。


「ダメよー鈴ちゃん。貴女もう女の子なんだから、ちゃんとお洒落も覚えていかないと。それに鈴ちゃんにはこんな感じのが似合うと─────────」


 あー話が長くなるやつだこれー。

 というか病院服もひらひらだからか違和感も無かったけど、いつの間にかなんの抵抗もなく自然にスカート履けるようになっちゃってた。

 僕よ、男の心を取り戻すのです。

 下着はだって?それは諦めるのです。もうこのフィット感じゃないと逆に不安になります。


「────というわけで!鈴ちゃんせっかくだし、今着替えてみて!」


「へ?」


「それじゃあ着替え終わったら呼んでねー。ふふっ♪鈴ちゃんがどんな服選ぶか楽しみだなー♪」


 そう言うと千紗お姉ちゃんは、畳コーナーでポカンとなっている僕を置いたままパタンと障子を全部閉めてしまう。

 どうやらくだらない事を考えている間に僕は洋服をこの山の中から自分で選び、着替えなくてはならなくなっていたようだ。

 そんな状況にいきなり置かれた僕は少しの間呆気に取られポカンとなるものの、なんとか気を取り直し、というか諦めて適当に洋服を選ぶ事にした。

 しかし畳コーナーに置かれている洋服を一つ一つ取って見ていると、どれもこれも僕が今着てる服のような改造が施されていて……


「うわ、全部ちゃんと僕用に改造されてる…………本当によくやるなぁ……」


 素直に感心してしまうほどだった。

 そんな関心半分呆れ半分の顔で僕は洋服を選び始める。


 えーっと、これはひらひら過ぎるから却下。

 こっちはフリフリすぎるから却下。

 これは結構良さげだから保留。

 これは…………おぉ、この猫マークなかなか可愛い…………うん、取っとこう。


 そんな風に数十分かけて僕は服を吟味しつつ片付け、これが1番マシだと思える組み合わせを選び、それに着替える。

 そして自分から見せる勇気が無かった僕が千紗お姉ちゃんの方から来てもらおうと「いいよ」というと、予想通り千紗お姉ちゃんは障子をスパァンと勢いよく開けてくる。


「ど…どうかな……」


「……………………」


 少し自分のサイズよりも大きなふかふかふわふわの白いTシャツに、足元までしっかり覆われたロングスカートという。

 女物だらけだった服の中から選んだまだマシな程度のコーデに、僕は恥ずかしさからモジモジとしてしまう。

 しかし、それでも褒めてくれると思っていた千紗お姉ちゃんはいつまで待ってもなんの反応もしてくれず、僕が少し不安になり顔を上げてちー姉ちゃんを見上げると……


「……千紗お姉ちゃん?」


「……がわいいっ!」


「千紗お姉ちゃん?!」


 そんな僕を不安にさせたしばらくの沈黙の後、何か叫びつつ千紗お姉ちゃんは満面の笑みで崩れ落ちるように畳に手を付いた。

 そんな千紗お姉ちゃんに僕は驚きつつも、何かあったのかと慌てて駆け寄り、肩に手を────


「大きめのふかふわシャツが鈴ちゃんの可愛さをふかふかでランクアップさせ、顔を赤くして袖をモジモジと触っているのが鈴ちゃんの高まった可愛いを限界突破させている…………!そして鱗と同じ色のスカートの裾にあるワンポイント猫ちゃんがまた可愛さを引き立て……さらにっ!褒めて欲しいけど恥ずかしくて言えない不安そうに揺れる尻尾と期待でパタパタと小さく動く翼が合わさり鈴ちゃんの可愛さをもはやビッグバ──」


 置いて引っつかみ、そのまま畳んでおいた洋服の山に千紗お姉ちゃんをボウリングのボールのよろしく放り投げる。

 しかし思ったより勢いがついていたちー姉ちゃんはそのまま洋服の山を貫き、後ろで畳んであった布団の隙間に突き刺さってしまう。

 そしてそんな千紗お姉ちゃんに僕は一言。


「今日千紗お姉ちゃん晩御飯抜き!」


 そう言い放ち、スパァンっ!と障子を勢いよく閉めたのであった。


 ーーーーーーーーー


「す、鈴ちゃん……お姉ちゃん、人はボウリングの玉みたいに扱うものじゃないと思うなー…………」


「…………………………」


 寂しそうな顔で遠慮がちにそう言うちー姉ちゃんに僕はつーんとした態度を取りつつ、散らかってしまった服を再び畳んでいた。


「すっ……鈴ちゃーん…………」


 そんな顔しても構ってあげない。ちー姉ちゃんは1度きっちりみっちりしっかりかっきり反省した方がいいと思う。


「……………………………」


「ごめんよー?でも鈴ちゃんがふわふわで凄く可愛くて…………」


 …………無視無視、これくらいして千紗お姉ちゃんを反省させないと。


 僕は無視を決め込んでいたが、ゆっくりと左右に揺れていた尻尾は千紗お姉ちゃんが可愛いと言った瞬間だけピクリと止まっていた。

 そして千紗お姉ちゃんはそれを見逃していなかった。


「………………鈴ちゃん可愛い」


 ………………無視無視。


 ピクリ


「可愛いよ鈴ちゃん、本当に可愛いよー」


 無……視…無視っ!


 ピクリ


「可愛いよ鈴ちゃん、すっごく可愛い、日本一可愛い、いや世界一可愛い、なんなら宇宙一かわ────────」


「───っ!千紗お姉ちゃんストップ!もういいから!無視してたの謝るから!恥ずかしいからやめてー!」


 千紗お姉ちゃんの言葉責めに、僕は恥ずかしさに耐えきれず顔を赤くして涙目になりながら、千紗お姉ちゃんの肩を引っつかみガクガクと前後に揺さぶる。


「なら許してくれる?あー鈴ちゃん可愛いー♪晩御飯はチーズインハンバーグがいいなぁー♪可愛い過ぎてむぎゅっとしてやるー!」


 千紗お姉ちゃんめぇ……!調子に乗ってーー!!


「もー!許す!許すからぁ!」


 でも今日のハンバーグちー姉ちゃんのだけ唐辛子練り込んでやる…………っ!


 僕は顔を赤くして叫びながら、んばっと後ろから抱きついてきた千紗お姉ちゃんの手を立ち上がって跳ねのける。


「えへへ、ありがとー♪それでどう?少しは紛れた?」


「へ?」


「ほら、鈴ちゃん最近あんまり元気無かったみたいじゃない?だからこれで少しでも気が紛れたらなぁって」


 千紗お姉ちゃんは立てた人差し指を頬に当てながら心配そうな顔でそう言う。

 実はここ数日僕は慣れない場所となれない毎日から気が滅入っていた。なので確かに今回千紗お姉ちゃんのサプライズのおかげで少しくらいだが気は紛れていた。


「千紗お姉ちゃん……………………その手に持ってるのさえなければいい話っぽかったのに」


 そう言って僕は呆れた顔で、千紗お姉ちゃんがしれっと手に持っていたふりふりのピンクの奴を指さす。

 すると千紗お姉ちゃんは────


「あ、バレてた?」


 てへっと可愛らしくやってきた、だがそんな様子に僕は元気を貰ったのだった。


「でもこれ鈴ちゃんに絶対似合うだろうし、着てみない?1回だけ、1回だけ、ね?」


「やだ、そんな女の子な奴ぜっっっったい着ない」


 ちなみにこの後めちゃくちゃ着せ替えされた。

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