16鱗目:脱皮!?龍娘!

 うーん…………むずむずする……なんかよくわかんないけど尻尾とか翼とか首筋とか…………なんなら全身がムズムズする。


 そんなむずむずとした痒さを感じながら、今日もこの後慌てて三浦先生達の朝会に行くであろう千紗お姉ちゃんの為に、尻尾を揺らしながら簡単な朝ごはんを作る。

 そんな僕は焼きあがった目玉焼きとベーコンを移した皿を両手に持ち、テーブルへと運ぶためキッチンを出ようとドアノブに尻尾の先端をかけた所でふと思う。


 そういや最初の頃の体の大きさが違うせいであった違和感とか、距離感のおかしさとか、そういうの全体的に無くなってきてるなぁ……

それに最近じゃちゃんと我慢できるようになったし、うん。

 この姿になってからちょうど今日で10日目だっていうのに、時間が経つのも人間の適応力も、ほんと早いもんだ。


 実は女になってから暫くの間、朝起きたら布団に世界地図を書いてしまっていたり、我慢出来ると思って間に合わず盛大にやってしまったりと、結構痴態を晒してしまっていたのだ。

 しかしそれもここ最近では無くなってきている。つくづく人間の適応力には驚くばかりだ。

 といったあまり食事前に考える事ではない事を考えつつ、僕は器用に尻尾で扉を開けてテーブルへと朝食の乗った皿を運ぶ。


 さて、時間もそろそろいいはずだし千紗お姉ちゃんを起こさないと。

 そろそろ起きないと遅刻しちゃうよーってね。


 テーブルに朝食を並べ終え、僕はエプロンを解きながら畳コーナーの障子を開けて千紗お姉ちゃんに起きるように呼びかける。

 するともぞもぞと動いた布団の中から千紗お姉ちゃんがゆっくりと出てくる。

しかし出てきた千紗お姉ちゃんは下着だけという姿で───


「さて、それじゃあ朝ごはんでも食べようかなっ」


「ふぇ……?あ、ちょっ、すっ、鈴ちゃん!?あれ?開かない!すっ、鈴ちゃん開けて!」


「千紗お姉ちゃんこそなんで下着だけなの?!」


 障子をすっと閉めた僕がそのまま障子を抑えていると、千紗お姉ちゃんが焦ったように障子を開けようとしてくるが流石僕の馬鹿力、その程度では障子はビクともしない。

 そして下着だけという新しいパターンの千紗お姉ちゃんを見てしまった僕は、顔を赤くしながら強めにそう言う。


「なっ、なんでって……なんでだろ?寝ぼけて?」


「しらないよ!とりあえず服!服着てっ!」


「えー、女同士なんだし別に大丈夫でしょ?」


「だいじょばないっ!服着なかったら朝ごはん抜き!」


 僕がそう言うと千紗お姉ちゃんは慌てて着替え初めたようで、ものの数分でいつもの仕事着に白衣の姿になって出てきた。


 全く、どんな寝ぼけ方したら下着だけになるの…………というか着替えるの早いな本当、朝ごはんどれだけ楽しみにしてるのさ……全く…………


 そんな風に思いながら僕は目の前で美味しそうにご飯をほおばっている千紗お姉ちゃんを見て、その顔を見て僕も嬉しくなって笑顔になる。

 その嬉しさは僕にとって、長年味わうことのなかった幸せだった。


 ーーーーーーーーーー


「相変わらず大盛りだねぇ……」


「これくらい食べないと力が出ないというか、これでも腹6分目くらい?」


「うへぇ……翼とか尻尾を動かしたりするためのエネルギーなのかなぁ…………あっ、そういや今日は鈴ちゃんお休みだよ」

 

「えっ、そうなの?」


 大盛りのご飯とおかずを口に次々と運び込む僕の前で、普通盛りのご飯を食べる千紗お姉ちゃんにお休みだと伝えられ、僕は思わず聞き返してしまう。

 なぜならお手伝いやら施設の探索やら体になれるやらで結構どころか充実し過ぎている毎日を送る傍ら、学生の本分たる勉強は全く出来てない為、夏休みとかに近い感覚で過ごしていたからだ。


 毎日がお休みみたいな感じなのに、まさか休日が貰えるなんて思ってなかったなぁ。それにいきなりお休みだなんて言われてもやる事ないし……うーん、どうしよう。


 そんな風に何もすることがないと逆に頭を悩ませ始めていた。


「私はお仕事あるから少し居ないけど、何かあったらすぐに呼んでね」


「うん、わかっ……」


 そうだ。何かあったってわけじゃないけど、このむずむずの事も相談しとこうかな?

いやでも大した事じゃないのに相談して迷惑かけるのもあれだし……むむむ…………


「えーっと……千紗お姉ちゃん、そのー……」


「あ、やっぱり何かあるのね」


「え!わかってたの!?なんで?!」


「それはお姉ちゃんだからよ!って言いたい所だけど、傍から見てもわかるくらいにそわそわしてたよー」


 うわぁ、そんなに分かり易かったのか……ちょっと恥ずかしい…………でも気が付かれてたなら気が付かれてたで話は早いか。


「それで、どうしたの?何かあったの?」


「えっと、実は起きてから翼とか尻尾とかがむずむずしてて……」


「なるほどね…………昨日の検査の拒絶反応かな?いやそれならもっと早く出るはずだし、だとすると…………」


「えーっと、千紗姉ちゃん?」


「あぁ、ごめんごめん。ちょっと触ってみてもいい?」


「うん、別にそれはいいけど……」


 僕がそう相談すると千紗お姉ちゃんに触ってもいいかと聞かれ、二つ返事で僕が許可を出すと千紗お姉ちゃんは僕の後ろへと移動する。

 そして僕の後ろに移動した千紗お姉ちゃんはクリアファイルからビニール手袋を取り出し、それを装着して軽く手をぐっぱくっぱと動かす。


 流石4次元クリアファイル、なんでも入ってるなぁ。

 なんならこの間、そのクリアファイルから30人分の資料出してたし、僕だけじゃなくてあのクリアファイルも研究対象にしていいと思う。


 そんなくだらない事を考えている間に、ビニール手袋を装着した千紗お姉ちゃんの手が僕の尻尾の甲殻に触れる。


「鈴ちゃん鈴ちゃん」


「なぁに?」


「多分、これ脱皮だよ」


「脱皮?」


 そう言った千紗お姉ちゃんの手には尻尾の甲殻と同じ形の半透明な皮があった。


 ーーーーーーーーーー


「はぁぁぁ………………」


「まぁまぁ、そう落ち込まないで」


「だって脱皮するなんて、もうそれ人間っていうより完璧爬虫類…………はぁー……」


 そんな風にため息をつきながら今僕は三浦先生の指示の元、歓迎会をやったホールへと千紗お姉ちゃんと一緒に向かっていた。

 今現在僕が住んでいる中枢区画は円形の建物である日医会の中央に位置する為、どうしても部屋のスペースが狭くなる。

 故に僕が満足に、というより限界まで翼を広げることが出来、なおかつ翼を動かせる程天井に高さがある部屋がここくらいしかないらしい。

 そしてため息をつく別の原因がこれから行われる事なのだが…………


「ほら、着いたよー」


「本当に入んなきゃだめ?」


「だーめっ。それに嫌なら寝てていいから、ね?」


「うぅ…………はぁーい」


 露骨に嫌だと顔を顰めつつ扉を開ける、するとホールにはマットとお湯が用意されておりその周りには─────


「きたきたっ!」「かわいー!」「こっち向いてー!」


 うん、もう聞き分けるのやめとこう。


 叶田さんや大和さんのように見慣れた顔も含め、中枢の「女性」職員の皆様がキャイキャイと盛り上がっていた。

 そう、今からこの大人数の女の人の前で僕はこの病院服を脱き、下着一丁どころか真っ裸にならねばならない。


 なんでって?

 脇腹とか腰とか背中とか、下着の下にも鱗があるからだよっ!

 僕が元から女の子だったなら気にしないのかもしれないけど……僕は生物学的には女でも心は男なんだから公開処刑でしか…………………

なんなら三浦さん達にされた方が何十倍も───

 いや、それは三浦先生が千紗お姉ちゃんに殺される。

 こんな恥かかせてくれた千紗お姉ちゃんには後で何か要求してやろう。

ん?要求先はそんな指示出した三浦先生が正しいのか?


 現実逃避気味に別の事を考えることで真っ裸になった僕は、なんとか恥ずかしい思いを回避しながらマットの上にうつ伏せで寝転び翼を伸ばす。

 するとすぐさま翼や尻尾、体の鱗がある所にしっとりと暖かいものが乗せられ、その暖かさに思わずほぅと顔が緩んでしまう。


 あったかーい…………なんだろこれ……お湯に浸したタオル?とりあえずすっごく気持ちいい……


 暫くその暖かさでトロンとしていると、油断していた所で脱皮の皮を剥がされたのか、突然翼伝いに僕の背中へ感じたことの無い感覚が襲いかかってくる。


 あ、これはやばっ──────────


「んんっ……!……んあっ…あぁぁぁ……っ!……ふゃあぁぁぁ…………」


 脱皮の皮を剥がされるという初めてのよく分からない感覚を我慢できず、僕の口から出たとは思えない聞いた事の無い声が僕の口からホールに響き渡ったのだった。

 そしてそれから約2時間後、なんとか初めての脱皮が終わった僕は服を着させてもらい、椅子に座ってポーっとなっていた。


 これは…………やばい……なんかわかんないけど…………やばい。


 ぽやっとした意識の中でそう僕が思っていると、耳にドアが開けられる音が聞こえて来る。

 誰が来たのだろうと目だけで入口の方を見ると、そこには三浦先生が立っていた。

そしてそのまま三浦先生は僕の方へ向かってくると、頭にポンと手を乗せてなでなでしてくれる。


「お疲れ様」


「三浦先生…………後でチョコレートくださいね」


 しれっとジト目で三浦先生にお菓子の要求をしつつ、僕はズズっと手に持っていたお茶を飲む。


「お、おう。それくらいなら…………とと、本来の目的忘れるところだった」


「本来の目的?」


 なんかやりに来たのかな?女の職員さんは皆もう出ていっちゃったけど。


 本来の目的と聞いて僕が首を傾げていると、三浦先生は何をしに来たか説明をしてくれる。


「あぁ、脱皮した抜け殻も貴重な研究サンプルになるからな。おっ!鱗も何枚かとれ────」


 三浦先生が説明もそこそこに僕の横に置かれた抜け殻が入った袋を三浦先生が嬉しそうに取ったのを見て、僕は目にも留まらぬ速さで尻尾を伸ばし、その袋を奪い取る。


「ちょっ……鈴香それ────」


「ぼ…僕の……僕の抜け殻だもん……!」


「そっそうだな……あぁ、確かにそうだ…………いや、でもほら…それも研究させてほしいなぁーって……」


「三浦先生の変態……!」


「なぜぇ!?というかやめろ!頼むからそのマジで軽蔑するような目をやめてくれ!純粋な女性からならまだしも、元男の鈴香にまでされるのは流石に来るものがあるから!」


 暫くこんな掛け合いを僕と三浦先生はしていたが最終的には僕が折れ、抜け殻は三浦先生に全て渡したのだった。

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