第24話 思い出

 私には忘れられない思い出がある。


 私が勤める会社にバイトとして入ってきた中年の男性。

 平日はサラリーマン、土日はココでバイトしているのだそうだ。

 転職に失敗して、年収が大分落ちたらしい。

 社会の落後者…そんな冴えないイメージしか持ってなかった。

 見た目に反して器用で仕事の覚えも早かったが、どこか影があるせいでイメージが良くない。

 必要なこと以外で話すことはなかった。


 彼が勤め始めて半年が経った頃だった。

 私は旦那と子供を映画に連れて行った。

 ショッピングセンターに隣接した映画館。

 観終わって、買い物をしている時だった。


「アレ…」

 イメージが違い過ぎて…

「買い物ですか?」

 彼だった。

 黒いスーツに白いトレンチコート。

 目立つ格好をしていなければ、彼だとは気付かなかっただろう。

「えぇ…」

「そうですか…御家族ですね…悪いことは言いません…今すぐココから出た方がいい…」

 彼はニコリと笑って私の子供の頭を撫でて、エスカレーターを降りて行った。

「誰?」

「うん…仕事先の人…」

「なんだって?」

「すぐに帰れって…」

「はぁ?」

「なんだろうね…変わった人だから」


 1階で悲鳴があがったのは、そんな旦那との会話の、ほんの数秒後だった。

 下を覗き込んだ旦那がすぐに子供を抱いて逃げろと言って私の手を引いた。


 私は、その惨劇を目撃していない。

 知っているのは、彼が何本もの刃物で無差別に人を殺し始めたという報道だけ。


 私は忘れられない…あの白いコートが血で染まって床に落ちている映像を…

「綺麗だと思った…」


 彼は、人を差しながら、4階まで上がり…そのまま中央広場へ飛び降りて死んだ。


 なぜだろう…私は『なぜ?』とは思ってない。

 不思議と、彼には、そんな死に様がピッタリとハマっているように思えるのだ。


「今日は寒いな…」

 季節は本格的な冬を迎えた。

 私は買ったばかりの白いトレンチコートを羽織って仕事へ向かった。

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