第23話 Whisper

 白い部屋、小さな窓から綺麗な庭が見える。

 手入れされた芝生を柔らかな風がそっと撫でるような綺麗な庭。

 春先の木漏れ日が注ぐ新緑の日。


 外に出てみたい…

 いつから私は、ここでこうしているのだろう?

 白い部屋、狭いような…広いような…。

 中央に置かれた一脚の黒い椅子。

 なぜか座ろうという気になれない。


 私は窓辺に頬杖ついて、窓の外を眺めるのが好きだ。


 どこまでも広がっているような広い庭、その先にぼんやりとした人影が揺らめく。

 コッチに歩いてくるような気がした。


 いつからだろう…

 私は、この少年と話していた。

「庭に出ないの?」

 少年は私に手を差し伸べる。


 そういえば、出ようと思ったことは無かった。

 この部屋にはドアが無い。

 あるのは小さな窓だけ…

 不思議な部屋だと…今まで気づきもしなかった。

 重いぬるま湯のような空気、それはとても心地よい。

 靄の掛かったような部屋…白いぼんやりとした視界。


 窓の外だけが、ハッキリと視える。

 鮮やかなグラスグリーンが靄の中で四角い額に入れられた描かれた直後の油絵のように…。


「どうしたら…ソコに行けるの?」

 私は少年に尋ねた。

「キミはどうしてソコにいるの?」

 少年は私に尋ね返した。


 どうして…どうして…かしら?


 小学校のときに…好きな先生がいた…私も先生のような先生になりたいと思った。


 小学校の教師になって、現実を知った。

 追われる業務…クレーマーのような父兄…パワハラ…セクハラ…私は疲れていた。

 いつしか笑えなくなっていた。

 授業中にクラスの子が私に言った。

「親に言いつけるぞ!!」

 その一言で何かが弾けた!!


 バシッ!!


 私は、その子の頬を叩いた。

 気付けば、私は、その子が動かなくなるまで叩き続けていた。


 私は教師を辞めて…それから…ずっと此処にいる。


「違うよ!!」

 少年は厳しい顔で叫んだ。

「よく思い出すんだ!!」


 私は…教室の窓から飛び降りた…。

「もう何もかも終わったと思った…ただ逃げたかった…」


「僕を殺したから?」

 少年が窓の縁から部屋を覗き込む。


「解らない…解らない…何から逃げたかったのか…」


 私は目を覚ました。


 白い部屋…病室…


「ごめんなさい…」


 私は薄暗い灰色の部屋にいる。

 小さな窓から月が見える。


「1149番!! 消灯時間だ!!」


 私は…私は…。

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