第22話 鮭茶漬け

 気付けば旅館にいた。

 食事が運ばれる。

 鮭のお茶漬け…

 とはいえ、高級旅館のようで、普通の茶漬けではない。

 お茶ではなく、カツオの出汁をかけて食べる、高級茶づけだ。

 当然のように、出汁が入っている容器も注ぎやすさより、その雰囲気を前面に押し出すような高級な陶器であった。

 私にそんな高級な陶器を扱えるような知識、経験も無く、案の定、零してしまった。

「はぁ~」

 呆れたような、苛立っているようなため息。

 私を横目で見ている、彼女、その表情から不機嫌そうな空気が漂う。

「ワタシ、やっぱり帰る」

 熱い出汁を注がれた高級そうな茶碗からいい香りが立ち込める。

 茶碗の中で鮭の身がホロホロと崩れ、出汁に沈んでいく。


 30畳はあろうかという広い部屋、小さなテーブル、彼女は床の間に置かれたブラウン管のTVを観ていた。

 白黒のTVは自動車事故のニュースが流れている。

 海に落ちたとか…


 彼女はハンドバックを肩に掛けて、部屋を出て行った。

 情けないとは思うが、私は彼女を引き留めることも出来ないまま、視線をお茶漬けに戻した。

 食べようか…

 そう思ったのだが、テーブルの上に箸も蓮華も無いことに気付いた。

 広い部屋には私一人、仲居も見当たらない。

 仕方ない、私は立ち上がり襖を開けて投下に出る。

 薄暗く長い廊下、他に部屋は無いようで、広い部屋とは対照的に狭い。

 廊下の向こうに明かりが見える。

 私は明かりの方へ歩き出す。

 突き当りを曲がると、途端に人の雑踏、慌ただしく動き回る人達。

 従業員なのだろう、厨房のようだ。


 私は、一段高い所からアレコレと指示している男に声をかけた。

 男は祭りの法被を規着て鉢巻を締めている。

「あの…ソコの部屋の者ですけど」

「はい?…どこの部屋の人?」

「あぁ…アッチの…広い」

「あぁ…北の? アレ…北に部屋はもうないはずなんだけど…今は駐車場しかないはずだよ、アレ4階かな?」

「4階?」

「いいんだ、いいんだ、でもアッチには駐車場しかないよ」

「でも…」

 何から話せば…口籠る私に優しい視線、穏やかな口調で男は言った。

「アンタは…アッチだよ」

 男は厨房の奥を指さす。

「あぁそうなんですか…」

 私は言われるがまま、男の指指した方へ歩く。

 ガヤガヤと慌ただしく動き回る人の群れ、誰ともぶつかることも無く、私は厨房を斜めに横切ってドアの前に立つ。

「アンタさ…今度は間違えるなよ」

 男が大きな声で、そう言った。

 私は振り返り、男に深々と頭を下げた。


 ドアを開けると、長く狭い廊下、もう明かりは見えない。

 私は廊下をトボトボと歩き出した。


『先ほどの自動車事故の続報です…車内から女性が救助されました、運転していた男は死亡が確認されました…警察は無理心中を図ったものとして、女性の意識の回復を待って事情聴取する方針…』


『次のニュースです…先月産まれたアライグマの赤ちゃんが立ち上がり飼育員からエサを貰う映像が届きました…』

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