第21話 盲目
「バカ野郎!!」
美術品を運び出すバイトに応募した僕はミスしてしまった。
石膏像を落として壊した、そして責任者に、怒鳴られた…いや、そんなこと…些細なことだ。
それだけなら、保険会社が賠償して終わりだったんだ。
問題はそんなことじゃない。
手を滑らせて、石膏像を落としさえしなければ…こんなことにはならない、解ったいたはずだ。
「なんだこれ…」
割れた石膏像の中から出てきたビニール、布団圧縮袋ってやつだ。
何が圧縮されていた?
「おい…人だ…女だぞ!!」
布団圧縮袋の中には裸の若い女性の死体、それが石膏像の中に入っていた。
警察に通報、そして美術館は緊急閉鎖、僕は第一発見者として取り調べを受ける羽目になった。
そう、僕が手を滑らせたばかりに…大騒ぎになってしまった。
石膏像の作者は、すぐに解った。
当然だ。
一般公募で住所から氏名まで登録されていたのだ、ウソ偽りなく…。
イカれてる…隠した死体を美術展で晒そうとしていたのだ。
たとえ石膏像の中であったとしても…。
大勢の人が見て、それなりの人間が品評するのだ。
「ソレを含めて作品なんですよ…刑事さん」
犯人は自称芸術家の男、名前は伏せたいと思う…イニシャルはT.Aとだけ言っておく。
男は取調室で静かに、だけど高揚を抑えきれないように話した。
男のアトリエからは、圧縮袋に入った女性の死体が2体、制作途中の石膏像が1体、もちろん死体入りだ。
「若い女性の最後の瞬間が私にインスピレーションを与えてくれる、私は、ソレをカタチ作り、魂を込めたんです…死の瞬間を永遠に繋ぎとめたといってもいい」
男は自嘲気味に答えた。
ある女性は悲しみ、あるいは怯え、恨み、怒る…その感情は石膏像の中から見る者に訴えてくる…それこそ、最優秀賞を獲った真の芸術だと…
そう、男の作品は、コンテストの最優秀賞を獲っていたのだ。
男の芸術は理解されないものではなかった。
むしろ、賞賛された真の芸術作品だったのだ。
「刑事さん、私の芸術は本物だったでしょ、あの作品群は本物の美ですよ…それが証明されただけで私は満足です」
「あぁそうかい…俺達は、オマエが造った作品を、片っ端から壊して回らなにゃならんのだがね…所有者から借りて、X線で中身を確認するんだ、死体入りの芸術作品も粉々にされるんだ…空しくないか?」
「別に…ミロのビーナスはなぜ今も賞賛され続けると思いますか?」
「あっ? そりゃ美を…まぁ無粋な刑事の俺にゃ解らんがね」
「手が無いからですよ…無くなることで想像の余地を残したからです、つまり失われたことで不完全な永遠を得たのですよ」
「何の話だ?」
「解りませんか? 与えられた美が崩れ去る…ここまでが私の芸術なのです…落としたのはわざとなんですよ刑事さん」
「つまり、T.Aさん、自身の芸術を完成させるために作成して、出品して、運び出すバイトに応募して、わざと壊したと…」
僕はニコリと笑って頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます