第15話 唄

「お世話になりました」

ギコッと嫌な音がして扉が開く。

この扉は…牢獄と俗世を繋ぐ扉。


1歩踏み出せば、俺はまた俗世の住人というわけだ。


『罪』は扉の向こう側へ置いてきた…。


俺は胸を張ってこの道を歩いていいんだ。


空は四角に囲まれていない、広がっている…どこまでも、そうどこまでも…。


空だけじゃない、俺の視線の先だって壁は無いんだ。


長く過ごした留置所が見えない距離まで歩いた。

なぜだろう…留置所から俺の背中に見えない糸が纏わり付いてくるような…いや糸なんて軽いものじゃない…ジャラリ…ジャラリと鎖が繋がっているような…。


気持ち悪い…。


俺は足早に、通りを抜けた。

すれ違う人、みんなに鎖が見えているのではないか?そんな気がしてならない。


「タクシー!」

たまらず、タクシーに乗り込んだ。

「どちらまで…」

「あぁ…そうだな…海が見たい…あまり人が来ないような場所で降ろしてくれ」

「海ですか…解りました」


窓から見る景色、灰色の空…寒々しい日本海。


「しかし…なんで海なんかに?」

運転手が聞いてきた。

「いや…特に理由はない…ただ見たいんだ…しばらく見てないから」

「しばらく…このあたりに住んでれば、海なんていつでも見れるでしょ」

「……住んでいても…見れない部屋もあるんだよ」

「部屋から見れなくても…少し歩けば」

「歩いて行ける場所に海は無かったんだ…」


「俺はな……いやなんでもない…」

思わず刑務所に居たんだと言いそうになった。


「いや…1年前からね~タクシー乗ってんですけどね…このあたりで、こんな商売やってるとね、結構、乗せるんですよ…刑務所から出たばかりの人を」


俺はギクリとなった…。


「解るんですよね…そしてね…大概、海が見たいって言って…飛び乗ってくるんですよ…お客さんのように…」


俺は何もしゃべらなかった…しゃべれなかった。


ドライバーがルームミラーの位置を直す…鏡の中の運転手と目が合う。


慌てて視線を逸らした先に、運転手の名前が見える。

(棚崎真一…たなざき しんいち…)


「いや…お客さんがそうだって言ってるんじゃないんですよ」

また目が合う。


沈黙に耐えられなくなった俺は

「もういい…ここで降ろしてくれ!」

「ここで?何も無いとこですよ」

「いい…降ろしてくれ」

「まぁ…そう言わずに、もう少しですから…」

「海までか?」

「いいえ…あなたが私を思い出すまで…」


嫌な汗が止まらない。


俺が犯して殺した女…記念に女の免許書を貰っておいたのだ。


棚崎…家に押し入って、中年の女性を犯した…何度も…何度も…。

腹が減って、適当に食い物を漁る様に食っていると、娘が帰ってきた。

リビングで裸の母親を見た、娘は硬直していた。


俺は、娘も犯した。

処女で痛がって、痛がって、挿れても騒いで大変だったが…ソレが俺を興奮させた。

母親のほうは、涙を流しながら横たわるだけだった。

娘で何度目かの絶頂を果たし、さすがに飽きてきたころに夫が帰ってきた。


夫はリビングの惨状を受け入れようとしている姿は滑稽だった。

俺はその頃、母親と娘に奉仕させている最中だった。

まぁ、どんなに奉仕されても…反応しなかった。

それくらい長時間、俺はこの家の征服者だったのだ。


事態を把握したのか…錯乱したのか…。

夫は、フラフラと俺に近づいてきた。

手には床に落ちていた包丁が握られている。

(刺しにくるんだろうな~…そして俺はコイツに殺されるんだ)

そんなことを考えていた。


見知らぬ男の男性器を妻と娘が舐めたり擦ったりしている。

どんな気持ちなんだ?


夫は包丁を振り上げると、娘に突き刺した…何度も、何度も、

その後…妻を刺し殺した。


血まみれのリビングに、裸の俺と夫が残される。

血のむせ返るような臭いがリビングに充満している。


「行けよ…」

夫は静かに、俺に言った。

「シャワー浴びて、着替えて行けよ…」

俺は、言われるままにシャワーを浴び、夫のスーツを着て家を後にした。


その数か月後のことだ…似たようなことをやって、コトの最中に逮捕された。


気づけば、タクシーは停まっていた。

運転手が振り返り俺を見ている…。

「どうだ…2年で、お前の犯した罪はどうなった?」

「えっ?」

「罪はどこにある?塀の向こうか?…それともお前の肩に乗っかっているのか?」

「罪は…償った……消えて無くなったんだ…」

「消えたか…そうだな、お前の罪は強姦だけだからな…」

「俺は、心身喪失が認めれて実刑は無かったよ…これは罪じゃないってことか?」

「不条理だよな…強姦のお前は2年…殺人の俺は無罪だ…不公平だよな?そう思うだろ?」


俺は何も答えられなかった…。


「俺を殺すのか…」

「いいや…殺さない…お前を殺しても罪は消えない…俺も…お前も」

運転手は続けた…。

「罪は消えない…死ぬまで…あるいは関係者が全員死ぬまで、誰かの心に残るんだ」


運転手は再び車を走らせた。


どのくらい走っただろう…。

見覚えある風景…ここは俺の田舎だ。

「降りろ」

運転手は車から降りた俺に手錠をはめた。

「ここはお前の両親が住んでいる家だ…」

そういうと運転手は、家の中に入って行った。

俺が走って家に入ると、おふくろがバットで殴り殺される瞬間だった。

親父はすでに事切れている。


言葉を失った…俺に運転手はこう言った。


「これから、お前の親戚、関わった人すべてを殺しに行く…罪を消すためにな…捕まるまで…殺し続ける、お前はずっと俺の脇でソレを見ていろ…」


運転手は車を走らせた…俺は手足を拘束され後部座席に座らされている。


あれから…何人を見送っただろう…姉貴も姉貴の子供も夫も、叔父も従弟も見送った…………。

犯され、殺され、ときには俺も犯された…叔父のソレが入ってきたときは泣きだしそうだった。

従弟は、自分の母親を犯していた。


もう…なにも感じない…死にたいとも思わない。

俺の罪はまだ消えない…。

タクシーのステレオから狂狂狂狂くるくるくるくる 歌が流れる……。

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