第13話 八刃慰村

「ハチハナ村?」

「そう、八刃慰村」

「何処にあるの?」

「N県、廃村だよ、最初ヤバイ村って読んじゃった」

「そんなとこに何しに行くの?」

「ダムの底に沈んだ村でね…数十年ぶりにダムの水を抜いて補修工事をするんだって、ネットでね、その村出身の人達が先祖供養のために1日だけダムの底に降りれるんだよ」

「ふ~ん…奈美には関係ないしょ? それとも、先祖でもいるの?」

「いないよ」

「なにそれ?」

「でも、入れるんだよ、特に証明書なんていらないしさ、自己申告でいいんだよ」

「ダムの底に沈んだ村か~」

「ねっ、行こうよ、SNSとかでバズりそうでしょ、もうさランチの写真なんか誰も視ないって、隙間商法だよ」

「隙間商法…ではないでしょ…」

「行こうよ~崇」


 僕は奈美の勢いに押されて、当日、大学を休んでN県に向かった。

 ダムへ入るための手続きは簡単で、身分証明書すら確認されなかった。

 僕が思っていた以上に、ダムの底には人が集まっている。

 奈美はスマホで写真を撮っては、構図をチェックしている。

「う~ん、いまひとつ…こう…秘境感とかでないなぁ…」

 奈美はスマホの写真をスクロールさせて不満そうな顔をする。

「秘境って…」

「なんで? 山奥でダムの底だよ、秘境中の秘境じゃん」

「まぁ…そうなのかな~」

「あっ、アソコなんだろ?」

 ダムの底に沈んでいたとは思えないほど、しっかりと建っている建物を奈美が指さす。

 ゾワッ…

 僕の背筋に悪寒が走る。

 奈美の言う秘境感ってヤツが理解できた。

 ダムの底に沈んでいたという割には建物が綺麗なのだ。

(水の底って…そういうものなのか?)

 まるで、今でも歩いている人達が生活しているかのような自然さがある。

 ここがダムの底だなんて考えなければ、あまりに自然な光景なのだ。

 それが…違和感を募らせる。


「崇、早く」

 奈美は建物の前でドアを開けようとしている。

「奈美!! もどろう…」

「なんで?」

「いや…なんていうか…ココおかしいよ」

「なにが?」

 奈美は僕を待ちきれずにドアを開けた。

「奈美!!」

 僕は走って建物の中へ入った。

「役所…か…」

 整頓された小さな役所のようだ。

 デスクや椅子が並んでいる事務所…カウンター…村役場なのだろう。

「崇、コレ見て」

 奈美が僕に紙表紙のファイルを渡した。

(八刃慰村民名簿…)

「崇…コレ…紙…なんで?」

 ザワッ…

「濡れてすらいない…」

 バサッ…

 僕は思わずファイルを床に落とした。

 パラパラ…

 ファイルが開いて、村民名簿の最後のページ…

『桜 奈美』

『佐藤 崇』


「なんでアタシ達の名前があるの!!」

 入村日…2019年10月5日

「今日だ…」


 ザワザワ…ザワザワ…

 ヒソヒソヒソヒソ…

 役場の外で大勢の人が囁くような声が聴こえる。


「崇…怖い…」

 奈美が僕の腕を、すがるように掴む。

「出よう!!」


 ゴボンッ!!


 役場の入り口から大量の水が入ってくる。

 僕らはアッと言う間に飲まれ…息絶えた。


 僕らは水の底で漂っている。

 あれからずっと…何十年も…


 また誰かが来るのだろう、もう何年かしたら…

 この『ヤバイ村』へ…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る