第9話 無垢な願い

少女は信号待ちをしている車に声を掛け続ける。

「花を買ってください」

信号が変われば車は走りだす。

誰も少女のことなど気にしてない。

仮に跳ねられたとしても、誰も気にしないだろう…。

跳ねたドライバーですら車を止めることはない。


1日中そんなことをして、同情で稼げる金はごくわずか…。

硬いパン1個買えるかどうか…。

その日の稼ぎもそんなものだった。


幼い少女は、さらに幼い少女の手をひいて、夜の街をトボトボと歩く。

元の色は何色?と思いたくなるほどに汚れた服、履いていても、いなくても変わらないのでは?と思うような靴を履いている…左右違う靴。


その夜も、路上の隅で眠る…眠る…。

ネオンの下?街灯の下?少しでも明るい場所を探す。

誰かの目に留まれば、お金を恵んでくれるかも知れないから。


幼い少女が目を覚ますと、さらに幼い少女は眠っていた。

冷たい身体…ピクリとも動かない身体。

永遠に眠る…眠る…眠る…。


なんで?

なんで?

なんで?


その日も少女は、花を売る。

そこら辺から引き抜いてきた花を…。

「花はいかがですか?花を買ってください」


パンを一人で全部食べた。

でも…昨日よりお腹が減るのはなぜ?

満たされないのはなぜ?


「神様…どうかお願いを聞いてください…私を皆を幸せにしてください」

月に祈る少女。

涙で歪む月。

足元には、眠り続けるさらに幼い少女が横たわる。

「お願い…どうしたらいいの…皆が幸せになるにはどうしたらいいの…教えて、教えてよ」


「誰が悪いの?私?」


『教えてあげるよ』

優しい声がする…。

『誰が悪いのか、教えてあげるよ』

涙を拭うと、目の前に黒いスーツの紳士が立っている。

「誰が悪いの?」

『大人だよ…この世界から大人がいなくなれば世界は変わるよ』

「大人…子供だけになれば幸せなの?」

『そうさ…キミがパンを分け与えたように、子供は純粋だ、大人はパンを分けてくれたかい?』

首を横に振る少女。

『そうだろ…大人は自分のことしか考えないんだ…だからいなくなれば平和になるよ』

「どうすればいいの?」

『願うのさ…あの月に願ってごらん、明日の朝には大人は誰もいなくなるよ』


翌朝、目を覚ますと…町は静かになっていた。

店にも誰もいない…車も走ってない…。

食べ物も沢山手に入る。

産まれて初めて、お腹いっぱい美味しいモノを食べた。

キレイな洋服に着替えた。

デパートでおもちゃで遊んだ。


毎日が幸せだった。

友達も沢山できた。


でも……数ヵ月過ぎたころ…赤ん坊が死んでいった。

育て方が解らない…見よう見まねであやしたり、ミルクを与えたりしてたけど、育てられない。


さらに数か月すると、食べ物が腐っていく…食べれるものは限られていく…。

保存の効く食糧を奪い、隠し、弱いモノから死んでいった。


幼い少女は月を見つめる…。

「どうしたらいいの?」

『願えばいいんだよ』

「なにをお願いすればいいの?」

『世界から争いを無くしてくださいって願ってごらん』


少女は2度と目を覚まさなかった…。

少女だけじゃない…すべての子供たちは目を覚まさなかった。


この世界から人類は1人もいなくなった。


『これで平和になった』

猫を抱いた悪魔がニコリと微笑んだ。

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