第5話 我が闘争
敗戦濃厚な国の独裁者、独り自室に籠り手にしたワルサーを眺めていた。
(我が国は負ける…)
それは自分のせいなのか?
政治的な手腕は存分に発揮したはずだ…貧困に喘ぐ自国民を救うには侵略しかなかった…人種差別による選民思考を政策に混ぜて歪ながらも国家を維持してきた。
施策に謝りは無かったはず…
だが、我が党は暴走し…もはや止める力は自分には無かった…。
暴走が敗走に変わっても止まることは、もう許されなかった。
結果…戦火は世界規模に広がり、今や他国からは当然、自国民からも命を狙われつつある。
何十万…何百万…人を殺した?
その報いなのか?
いや違う…私はそれ以上の自国民を救ったはずだ!!
ワルサーの銃口を向けるべきは自分じゃない!!
小柄な男は鏡を見つめる。
軍服に身を包み、自身のアイコンでもあるヒゲを撫でる。
生まれ変われれば…
独裁者は軍服を脱いで、ヒゲを剃り落し…裸で潜伏先の地下壕を抜け出した。
愛人の死体を残して…
1945年4月30日…彼は自殺した。
身体は捨てた…兵器に限界を感じ始めてから彼はオカルトに興味を示す。
それは神頼みに近かったのかもしれない。
『人格転移』
己の人格を他人にコピーする…同盟国である東洋の島国から取り寄せた本に、そんな記述があった。
彼は、迫害し続けた人種の男に、その魂を移し替えた…
(コイツ等は敗戦後、立場が入れ替わる…わが国民はコイツ等に迫害されるであろう…)
独裁者の思惑は、概ね正解であった。
同志と呼んだ側近たちは戦犯として処刑され…潜伏先で迫害され…死んでいったのだから…
独裁者は、もう一度…敗戦国を立て直すつもりでいた。
それは野心からだったかもしれないが、そうすることが正しい道だと信じていた。
愛国心は失っていない。
我が国民こそ…頂点にいなければならない。
その
裸で街へ出た独裁者は、浮浪者のような生活を強いられた。
この身体は借り物…仮初の苦など困難に入らぬ。
捕虜、奴隷から解放された迫害人種が街に溢れる頃になると、生活も貧しいながら安定した。
この汚らわしい身体ともじきに離れることになる。
この苦渋こそ、我が糧となり得るのだ。
ドアを蹴破り入ってきた、数人の男達に拉致されたのは、それから数時間後のことであった。
「よくも我々を奴らに売ってくれたな」
どうやら、この身体の持ち主は、自らの保身のために仲間を、我々に売ったらしい。
その報いが…
殴られ…蹴られ…踏まれ…蔑まれ…罵倒の中、今…自分の額に銃口が突きつけられる。
ワルサー…我が愛する銃…誇りある銃である。
思えば…
画家の夢破れ…軍でも蔑まれ…政治に身を置き、担がれ…逃げて…逃げて…
我の生涯は常に後ろ向きであった…
栄華など虚構に過ぎぬ…自分を正視できぬ男に何が掴める?
全ては…虚構に過ぎぬ…我は何者か?
それすら知り得ぬまま…知られぬまま…我は仮初の身体で死んでいくのだ。
逃走の果て…『我が闘争』の幕引きは誰も知らぬまま…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます