第3話 ネッシー売ります

『ネッシー1匹300円』


「なんだこれ?」

 僕は…いったい…

 終業式が終わった…アホみたいな荷物を担いで、抱えて、ぶら下げて、暑い夏の午後を人より1.5倍増しで感じながら歩いていたはずだ。

 道は間違ってない…暑くてボーッとしていても、自宅への帰り道を間違えるはずはない。

 なにせ、5年間も嫌々通っているのだから…

 思えば、こういうところで差が出るのだ…

 頭のいい子は計画的に荷物を小分けにして日々持ち帰っていた。

 毎年、毎年、僕は…軽やかに帰って行くクラスメイトが羨ましい…というか恨めしい。


 それはさておき…ここは?

 古びた街並み、昭和ってこんな感じなんだろうな。

 小屋のような店

「ペットショップか?」

 僕は首を傾げた。

「ネッシーって…売ってたんかよ…」

 絵の具がはみ出した鞄を持ったまま引き戸に手をかける、カラカラカラ…薄く軽い引き戸が音を立てて横にずれる。

 新聞を読んでいる爺さんがズレたメガネ越しにジロッと僕を見る。

「……いらっしゃい…」

 ボソッとした声、来たのが迷惑だと言いたげな顔。

「あの…その…ネッシーって……」

 僕は、言いかけたのだが、言葉に詰まってしまった。

 そもそも何を聞けばいいのか、さっぱり解らなかった。

「はい?」

 新聞をガサガサッと適当に折りたたんで、爺さんが僕のほうに歩いてきた。

「……欲しけりゃ…300円」

 シワシワの手を僕に差し出す。

「いや…その…」

「買わないなら…」

「買います…」


 荷物を下ろして、僕はポケットから500円玉を取り出し爺さんに渡す。

 爺さんはビニールに水を入れて、網を僕に差し出した。

 金魚すくいの金魚みたいな感覚で、僕はネッシーをぶら下げて店を出た。

「毎度…」

 振り返ると爺さんは、新聞を読んでいた。


 また荷物が増えた…

 僕はバカか?


 小さなビニールの中をネッシーが泳ぐ。

(なんなんだ…)


 暑い夏…暑い帰路…というか…帰路なのか?

 僕の家は、コッチでいいのか?


 クラッ……

 景色が歪む…

(気持ち悪い……)

 パシャッ…

 ビニール袋を落とした…

 目の前でネッシーがピシャピシャと跳ねる…

(アレ…)

 僕は倒れていた…熱されたアスファルト…水が蒸発している…ネッシーが跳ねる…


 パシャ…


 ………

「気づいたようですね」

 涼しい部屋で目が覚めた。

「あれ?」

「日射病だそうだ…まったく…」

 父親がベッドの横に立っていた。


 見回せば病室。

「心配ないでしょうが念のため、点滴を1本打ってから帰ってください」

「先生、ありがとうございました」

 父親が頭を下げている。


 天敵を刺され、僕は病室の天井を眺めていた。

「オマエ、道路で倒れたらしいぞ」

(そうなのか?)

 ボーッとしていた…父親が、ここまで運ばれた経緯を話していたが、正直、どうでもよかった。


 ゴソッとポケットを探る…

「500円…ない」

「あっ? 落としたのか」

「おつり…忘れた………」

「なに言ってんだ? 買い食いしたのか…呆れたヤツだな」

 父親が僕の顔を不思議そうに見ている。

「ネッシー!!」

「はっ? なに言ってんだ? 夢の話か?大丈夫か?」

「夢…だったのか…な…」


 天敵を外され、僕は父親の軽トラックに乗った。

 荷物は全部、荷台へ積み込んだ。

「とりあえず、倒れた所にあったものは全部拾ってきたつもりだ…何か無いモノはないか?」

「……あぁ…大丈夫だと思う」

「そうか…帰るぞ…配達の途中なんだ」

「うん…」

 絵の具を溶くバケツにあのビニール袋がぶら下がっている…

(夢じゃなかったのか…)


 軽トラックが走りだして、僕は窓を開けた。

 外から生ぬるい風が流れてくる。

「冷房効かせてるんだから閉めろよ」

「少し…だけ」

「ほらっ…コレ飲んでろ」

 父親がスポーツドリンクを僕に差し出す。


 犬の散歩をしている、おばさんを追い抜く…

「ブッ!!」

 思わずスポーツドリンクを噴き出した。

「どうした?」

「アレ…」

「あぁ…斉藤さんだ…なにかあったのか?」

「あの恐竜!!」

「なんだ、ダメだぞ!! うちには、小林丸がいるんだからな!! もう1匹なんて無理だ」

「小林丸?」

「ちゃんと散歩行けよ、オマエも」


 斉藤さんは、首輪を付けたステゴザウルスを散歩させていた。


 嫌な予感がした…


『須田酒店』

 ウチの前に立った。

 爺さんの代からウチは酒屋だ。


 店から居間を抜けて…庭へ…

 犬小屋…手作り感が拭いきれない犬小屋だ。

(犬小屋であってくれ…頼む…)

『ガルッ』

 犬小屋からノソッと出てきたのは、エオラプトル…最古の恐竜…。

『グカカッカ…』

 奇妙な鳴き声を発して僕を見ている。

 犬小屋…いや恐竜小屋には、汚い字で『小林丸』と書かれている。

 僕の字だ…間違いない。


 見上げれば夕焼けの空…バサッと電線に始祖鳥がとまる。


「僕は…どこに帰ってきたんだろう…」

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