75.興味があります

 その後の数日間、ツェーラ鍛治錬金術具店は平常運転を続けていた。

 ありがたいことに決して忙しくはなく、かといって客足が途絶えることもないシエラにとってはちょうどいいバランスであった。

 シエラも接客に慣れてきて、時間に余裕のありそうな客には話しかけたりして世間話や情報収集ができるようになってきていた。

 その中でも、特に気になる噂が一つ聞こえてきた。近所の対抗店――営業規模はシエラでは足元にも及ばないが――二巨頭が、それぞれ魔法銃を売り始めたというのだ。


「ほう、それは興味深いな。仕様や値段など、詳しく聞かせてくれぬか?」

「おうよ。確か――」


 シエラが話をしているのは男性冒険者、この店の営業初日にも訪れていたウォルグだ。

 彼のパーティは装備品のほか、シエラの治癒ポーションと治癒バンテージを買ってからリピーターになったようで、たまに訪れては錬金術具の補充をしていくようになったのである。

 彼が語ったところによると、二巨頭が販売を始めた魔法銃のスペックは以下の通り。

 ・魔法の属性は炎と雷で、ランクは第一階梯のみ。

 ・価格はそこそこ高価。意識して合わせているのか、その値段はおおよそ《白狐》と同程度である。

 ・形状はシエラのものとよく似ているが、各々アレンジを加えている。


「あとは……どの程度かはわからないが、やはり普通の魔杖と比べると貫通力や威力は上がっているそうだ。命中精度についてはわからないんだが」

「なるほどのう。それはわしも一つ買いに行かねばな」

「しかし……いいのかい? シエラさんからすれば、アイデアを盗まれたようなものなんじゃ……」


 少し心配そうなウォルグに、笑って返すシエラ。


「いいや、何も問題はない。わしはアレを新しい武器種として広めていきたいのだからな。人が剣を作るとき、それが誰かのパクりかなどと思って作るやつがおるかや。……むしろ、わしは有名鍛冶屋がどういった改良を施していくのかについて非常に期待をしておる」

「そういう考え方もあるのか……。ああ、そういうことなら俺が買ってこようか。シエラさん、店を離れられないだろうし」

「おお、頼めるかや。すまぬな、それでは言葉に甘えるとしよう」


 美少女というのは得な生き物である。シエラは頭の隅でそう思いつつ、ウォルグに二挺分の代金を手渡した。(無論彼にそういった下心があるかどうかは不明である)




 それからしばらくして、ウォルグが店に戻ってきた。


「なかなか人気で売り切れが近かったが、手に入ったぞ、ほら」


 そう言って、彼はカウンターの上に二挺の魔法銃を置いた。

 一つは、黒く光沢のあるボディが特徴的な魔法銃。グリップの部分に翼を広げた鷲の紋章――ウィンダム工房のシンボルが刻まれている。

 そしてもう一つは赤くマットな塗装の魔法銃。《白狐》よりも長めの銃身が特徴的で、その側面には二本のハンマーをクロスさせたレッドハンマー工房のシンボルが刻まれている。


「ほう、どちらも良い質感じゃな。やはり有名どころは仕上げも流麗か」


 シエラは二挺の魔法銃を見て、その見た目の良さに素直に感嘆していた。

 それぞれの工房の店舗にはシエラも見学に行ったのだが、その時感じたブランドのカラーをそのまま魔法銃のルックに落とし込んでいるという印象だ。

 黒や金の重厚かつゴージャスな雰囲気を醸し出すウィンダム工房は、熟練の男性冒険者に特に人気があるようで、ワインレッドをメインカラーや差し色に使用した武具が特徴的なレッドハンマー工房は、勢いのある若い冒険者やオシャレ好きな女性冒険者に人気が高いようであった。


「やはりブランド力というのは術具にも現れるようじゃな。これは見習うべきところが大きいのう。と、そういえばそれぞれに商品名はついておったかや?」

「ああ、ウィンダムのは《ウィンドミル》、レッドハンマーのは《レッド・クイーン》というらしい。シエラさんとこの《白狐》と同じで、どの属性の魔石でも同じ名前だったな」

「なるほど、いい名前じゃな。さて、気になるスペックは……と」


 シエラがまず手に取ったのは《ウィンドミル》。素材は鉄を主としているようだが、グリップは木で出来ており、滑り止めの革が巻かれている。握りの形状に少し違和感があるのは、剣かなにかの持ち手を流用しているためであるらしい。

 人差し指のところにはトリガーが備えられており、シエラが指をかけると魔石から魔法の設計図が脳内に送られてくる。


「ふむ、中身はおおよそ無調整の《雷矢サンダーボルト》かの。まあこの程度であれば火力を制限する必要もないかのう。ふむ、銃身にライフリングはなしか。まあアレは《向こう》の偉大な発明じゃからな……気付かなくても仕方がないか」


 待機させた魔法をキャンセルして、さらに各部の確認をするシエラ。

 その目は完全に好奇心に支配されており、自分の世界に入っている。

 ウォルグはその様子を見て少し笑ってから、「じゃあまた来るよ」と言い残して店を後にした。

 あの不思議な少女は普段はクールな見た目と雰囲気が乖離しているのだが、何かに夢中になっているときは相応に子供のような表情になる、と彼は感じていた。

 シエラの店に通っていれば、これからも面白いものが見られそうだ、という期待を確かにしたウォルグであった。


 ちなみに、向こうの世界で現代銃を現代銃たらしめるライフリングだが、それは魔法銃においても重要な機構である。《アルカンシェル》の有能な魔法銃開発班の研究によれば、ライフリングを刻むのと刻まないのとでは命中精度や射程に五十から百二十パーセントもの差が出ることが知られている。

 二巨頭の魔法銃にはどちらもライフリングは刻まれていないが、彼らも《白狐》を手に入れているようなのでその必要性に気付くまで長くはかからないだろう。


 シエラはその後じっくりと二挺それぞれを細部まで検分し、これからもっと面白くなりそうだ、と呟いた。

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