74.その鉱石は
ダンジョン旅から帰ってきた次の日、シエラは鍛治組合を訪れていた。
ダマスカス鉱の処遇を相談するためである。
鍛治組合を訪れたのはかなり久しぶりのため、若干緊張しながら受付へと向かう。(シエラを含むネットゲーマーは基本的にこの手の役所だったり事務手続きだったりが苦手なのだ)
空いているカウンターから、最も話しかけやすそうな若い男性に声をかける。
「ちといいじゃろうか」
「はい、組合員の方でしょうか?」
男性職員は多少不思議そうな様子である。若い女性――シエラの外見はそれ未満ですらある――がこの組合を訪れることは少ないからだ。
そういえば組合員証を作ったのだったと慌てて取り出すシエラ。
「おっと、そうじゃ。シエラという。上の方に少々内密に相談したいことがあるんじゃが、都合はつけられんだろうか」
「急にそう言われましても、要件次第となりますが――、いえ、シエラ様、ですね。少々お待ちください」
男性職員はシエラの容姿と名前を見て何かを思い出したようで、胸元からメモ帳を取り出してめくり始める。
「シエラ様につきましては、
「おお、それはちょうどよかった。そういうことであれば、よろしく頼む」
そう答えると、職員は奥へと慌ただしく駆けて行った。
それにしても、鍛治組合の支部長まで魔法銃のことが伝わっているとは、この街の噂の伝播は思ったより早いようだ。
カウンター前で待っていると、数分もかからずに職員が駆けてきた。随分と余裕のない業務体勢のように思えるのだが、この組合は体育会系なのだろうか。ただ組合全体が慌ただしい雰囲気はないので、この職員の気質なのかもしれない。
「今からお会いいただけますので、こちらへどうぞ!」
そして職員はカウンター脇の通路からシエラを招き入れ、奥の支部長室へと先導したのだった。
ノックをして、職員がドアを開ける。彼の仕事はここまでのようなので、シエラは軽く会釈して感謝した後部屋へと入る。
支部長室の内部は、小宇宙を感じるほどに混沌としていた。
中央のデスクには山のように書類が置かれ、それらは床まではみ出している。背中側や左右にそびえる本棚には本と一緒に書類の束がファイリングされ突っ込まれていた。
「よく来てくれた」
そのデスクの前に立ち、シエラを出迎えたのは身長二メートルに届こうかという巨漢。つるりと光る頭によく焼けた筋肉質な身体、そして鋭い眼光と口髭が特徴的な男性であった。
そもそも肌の質が普通の人間とは違うので、そういった種族なのだろうと推測できる。
「う、うむ。わしはシエラ。おぬしが支部長ということかや」
「ああ。俺は鍛治組合アイゼルコミット支部支部長、ダリウ・スギモー。よろしく」
そう言ってダリウが差し出したゴツい手を握り返すシエラ。彼の手と比べると自分のそれは赤子のようにすら見える。
意外にも繊細な力加減で優しく握手したダリウは、デスクの前の応接用テーブルを指した。
「……しかし、本当に少女だったのだな。噂の中にも真実あり、か。ひとまず掛けてくれ」
促されるまま、シエラはソファに座る。なかなか上質なもののようで、身体が沈み込んでいく感覚が心地よい。
「ところでわしのことを知っておったのは意外じゃな。魔法銃のことでと聞いたが」
「俺は新しいものに目がないんでね。ついでに言えば噂話にも耳が広い自信があるぞ」
そう言ってダリウがインベントリから取り出したのは白くマットな塗装の魔法銃。シエラの《白狐》である。
「おお、買ってくれたのかや」
「噂を聞いてから部下に買いに行かせたよ」
「それで、どう思うかの」
その問いに、ダリウはしばらく沈黙した。
「……これは、いいものだ。革命的ですらある」
「それほどまでとは、恐縮じゃな」
「新しい武器種の開発というのはここ数十年でも腐るほど聞いた話だが、定着したものは極めて稀だ。だが、こいつは間違いなく今後の選択肢の一つに入るだろうな。汎用的な魔法杖にするのではなく、単一の魔法を発動する魔杖の形式から発展させたのもいい着眼点だ。魔法使い連中以外も使いやすいからな」
「おお、わしの狙いまでお見通しとはな。その通り、機能を敢えて絞った方が扱い易かろうと思ってな。まあ実際には、術者が好きに魔法を選んでしまうと魔力量や火力のコントロールが足りずに、弾が暴れたり本体を損傷するというのが魔法杖にしていない最大の理由じゃがな」
「なるほどな。と、つい癖で話し込むところだった……今日は内密な話があると聞いたんだが」
ギリギリで思い出したらしいダリウが話題の軌道修正を図る。話し始めると他のことを忘れてしまうシエラと傾向は似ているが、一段階大人である。
「おっとそうじゃった。単刀直入に言うと、組合の方でダマスカス鉱を買い取ってくれんかと思ってな」
「……ダマスカス、だと?」
ダリウの目がかっと見開かれる。
「うむ、先日とある場所で多量のダマスカスを採掘したのじゃが――」
シエラはそう言って組合に話を持ち込むことになった経緯を説明した。
「変に注目されたくない、か。まあ言わんとすることはわかるが……現物は?」
「ほれ。総量こんなものではないが……」
シエラはインベントリから五、六個の塊を取り出してテーブルに置く。
「こいつは上質なダマスカス鉱だな……。昔、北方で見た鉱石よりも混じりっ気が少ないし、密度も高い。……それで、産地は?」
「企業秘密じゃよ、と言う必要もないかの。廃鉱グリートトリスじゃよ。最下層のあまりに硬い岩盤の先に眠っておったから、他に掘れる者がおるかはわからんがな」
「……素直に話してもらえるとは思っていなかったが、いいのか? そいつは十分に金になる情報のはずだが」
「わしは製作物以外で金儲けをする気はない。まあ、そういうのが得意なわけでもないしのう」
ひらひらと手を振って否定するシエラに、ダリウはニッと笑った。
「…………よしわかった、この件はウチに任せろ。適切に捌いてやる」
宣言するダリウの目がぎらりと光る。これは商機を見出した時の目の輝きであると、同族のシエラにははっきりとわかった。
その後量や金額を相談し、シエラの出した匿名でという条件なども全て了承してもらい、交渉は成立したのであった。
売却した鉱石の量と質とそもそもの希少性が全て上方に作用し、売却金額を聞いたシエラはソファからひっくり返りそうになったのだが。
目眩のするような思いをしながら、シエラは帰路についた。
「全て上手くはいったが……まさかあれほどとは……ダマスカス製の武具が高価になるわけじゃよなあ」
シエラにはあまり金銭感覚が掴めていないレベルなのだが、その金額は王都の大通りの一等地に屋敷を買える程度には大金であった。インベントリの中には既にその代金が即金で入っており、通り魔に襲われないか心配になるほどであった。(とはいえ常に全財産を持ち歩いているようなものなのだが)
何事もなく自宅に帰ってきたシエラは、気持ちしっかりと戸締りをした後、ふらふらと自室のベッドに倒れ込んだ。
「まあ……明日からは特に変わらず営業じゃな……。『大金が手に入ったからとて生活を急に変えるな』というのが、宝くじ当選者マニュアルにもあるそうだし……」
ふうと一息ついてようやく落ち着いたシエラは、帰り際に聞いた話について思い出していた。
「……『国が魔法銃に目をつけている。近く大量発注の依頼が来るかもしれない』、かや……。本来喜ぶべきなんじゃろうが、この時期ということは明らかに戦争目的じゃろうな」
シエラは帰り際に、ダリウから「あくまで噂」としてそう聞かされていた。
国からの依頼というのは基本的に断る理由がない程度には好条件の場合が多いらしいのだが、作ったものが戦争に使われるというのであればシエラの想いは複雑である。
ただ、引き受ける義務はないそうで、いざというときは組合長の名前を出してもいいと口添えまでしてもらったのだった。鍛治組合のようなギルドは国際的な組織であり基本的に国に仕えるものではなく、それぞれの支部で国と対等な立場の組織なのだそうだ。
その組合に所属する者たちもまた、基本的には国ではなく組合に属する人間として地位を約束されているのだという。
「……やはり、わしの作った武器で人が死ぬのはな……」
考えるべき厄介事がなくならない、とつぶやいてからシエラはそのまま眠りについたのであった。
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