76.新装備
廃鉱グリートトリスからシエラが帰ってきてから、約一ヶ月が経過していた。
どうやら鍛治組合の方でダマスカス鉱の販売が始まったようで、シエラのところまでその話が聞こえ始めた。
直接の販売の対象となるのは鍛治組合に所属する工房のみなのだが、ダマスカスといえば冒険者垂涎の金属だ。そのため、王都の冒険者の話題はこのことで持ちきりであった。
ただし鉱石自体の価格も非常に高く、また加工難度が高いこともあって全ての工房が名乗りを上げたわけではなかった。
そのため冒険者たちはダマスカスを仕入れる工房を探し回っており、中でもやはり二巨頭は非常な盛り上がりを見せているという。
その流れで無名なシエラのところにも何人かの冒険者が訪ねてきたのだが、『申し訳ないが最初の入荷分はもう得意客の予約で埋まってしまった』と断っていた。実際、シエラはすでにダマスカス関連以外の仕事も多く溜まっていたし、天空城のほうの管理のこともあり、これ以上追加で割く時間が存在しなかったのだ。
とはいえ、この騒ぎも一時のことで、しばらくすればこの波も収まるだろうとシエラは予想していた。なぜなら、ダマスカスを扱える工房はたしかに多くないが、同時に非常に高価なダマスカス製の武具を購入する余裕のある冒険者というのもそれほど大量には存在しないからである。
「おお、よくきたのうおぬしら」
そんな中、ツェーラ鍛治錬金術具店の営業終了後の店内には、《白の太刀》と《黒鉄》、それにシュカとエメライトが集まっていた。
「待ちかねたぜ、シエラちゃん。ダマスカスが解禁されたこのタイミングというのが適切だろうというのはわかるけどな」
「まあ、そういうことじゃよ。他の冒険者どもも騒いでいるようだし、ちょうど良いじゃろう」
ゲラリオがそう応えてニッと笑う。
シエラが当初依頼を受けていたダマスカス製防具はガレンの大盾のみだったのだが、先のダンジョン攻略に《白の太刀》も一枚噛んだことで、彼らの分の依頼も受けることになっていたのである。
シエラとしても、ダマスカス鉱には十分なストックがあり、世話になっている者たちからの依頼ということであれば断る理由のない依頼であった。
「よし、それでは順に渡すのでな。まずはガレンの大盾じゃな」
満を持して、シエラがカウンターの裏に置いていた大盾を持ち上げ、ガレンに渡す。
受け取ったガレンが大盾を構えると、周囲から感嘆の声が湧き上がった。
床からガレンの胸元ほどの大きさの、漆黒の大盾である。
「……良い重さだ。防御能力も段違いだな」
冒険者はレベルを上げることで装備品の能力を見極めることができるようになる。ガレンは今まで使っていた大盾の二倍を超える防御能力に言葉を失っていた。
「そうじゃろうそうじゃろう。素材はダマスカス鉱を主に、緑鉄、ミスリル、ゴーレム系魔物素材その他諸々じゃ。前の大盾もなかなか上等な物だったようだが、そいつはあれよりかなり重いのでな。扱いに慣れるところから始めるのが良いじゃろう」
「わかった。感謝する」
ガレンはしっかりと頷く。その隣では、キラキラした目でアケミが盾を観察している。
やはり同じ大盾使いということで希少素材を使用した武具に興味があるらしい。
「すっごいなあー、体格の大きなガレンさんに似合ってるし、意匠もかっこいいし。ねえシエラちゃん、これってシエラちゃんとこのマークなの?」
そう言って、アケミは盾の中央を指した。そこには光沢のある黒い金属で天空城を模した模様が象られている。
「うむ、そいつはわしの工房の意匠じゃよ。かっこいいじゃろ」
「うん、すごく良いと思う。そういえば、前に作ってもらった私たちの武器にも掘り込んであったね。これってどういうマークなの?」
「あー……まあ見ての通り、城をモチーフにした意匠じゃよ。他とあまり被らぬようなものにしようということじゃよ」
このマークは、《エレビオニア》時代からシエラが製作物に入れてきた意匠だ。シエラにとって思い入れのあるマークなので施しているということもあるが、これを入れたものが広まることによって《エレビオニア》から来た知り合いに存在を気付かせられないか、とシエラは考えていた。
「では次はギリアイルじゃな。フード付きローブに、長杖、と。まあおぬしのはダマスカスとは関係ないが、良い物には仕上がっておる」
「ありがとう、シエラさん。ダマスカスはあまり魔法制御には向かないみたいだから仕方ないね。それに重いしさ」
装備を受け取りながらギリアイルが笑う。
フードの付いたローブは一般的なそれと違い、一目で防御能力が高いことがわかる仕上がりである。
質のいい布に薄く伸ばして均一化した狼系魔物の革を張り合わせて、その上から《スフィアメタルゴーレム》のコアを錬金溶液で溶かして塗布し錬金魔法で定着させている。
この加工により、軽量ながらも物理と魔法双方に高度な耐性を付与することに成功している。
その加工段階でシエラが各種付与魔法を編み込んでいるので、ただの布製防具とはもはや別物である。
長杖にも、宝珠の素材に複数の魔物のコアを融合させて用いることで、魔法の火力向上に大きく貢献している。
「イヴにはこれじゃな。奥の部屋を使って良いので着替えてみてくれるかや」
「……うん、ありがとう」
紙袋に入ったイヴの衣装一式を渡すと、イヴは薄く微笑んでから奥の部屋へと入っていった。
いつもは表情の揺るぎがない美少女のイヴがそういった仕草をするとシエラとしては動揺してしまう。
「……っと、エメライトとシュカの分じゃ。おぬしらも奥を使うと良い」
「ありがとうございます!」
そしてエメライトとシュカにも紙袋を渡して、着替え部屋へ案内する。
二人は初めての専用衣装ということで、非常に緊張しているように見える。
「それではその間に《白の太刀》の分じゃな。小物が多いのでまとめて渡すぞ」
「おう、助かるよ、シエラちゃん」
ゲラリオらがそれぞれの装備を受け取っていく。
彼らは既に全身の半分ほどがシエラ製の防具に交換されていたので、今回ダマスカス防具になったのはそれぞれ一部分ずつのみである。
それでもその防御能力は格別であり、《白の太刀》全体の生存能力を底上げすることは間違いない。
(ただし、ゲラリオからは「また買い替え時期になったら絶対頼むからダマスカス鉱は取っておいてくれよな!」といいつけられている)
「いいな、いつもながら、ずっと使ってたみたいにしっくりくるぜ。やっぱり流石だな、シエラちゃん」
「くく、そうじゃろうそうじゃろう。 弱めの致命傷回避と自動修復を組み込んであるが、まあ無理はしないようにな。……と一流パーティにわしが言うのも釈迦に説法か」
「シャカ……? まあ、それは重々わかってるさ。あまり冒険しないってのも冒険者の心構えだからな」
それもそうだ、とゲラリオの言葉にシエラが苦笑する。死線をくぐり抜ける力も不可欠な冒険者という職業ではあるが、そういった状況を未然に回避するというのも重要な素質だ。《エレビオニア》とは違って、命は一つしかないのである。
そんなことを話していると、奥の部屋から着替えを終えた三人が戻ってきたのであった。
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