67.六人寄らば

 その馬車の中は、かしましい空気に満ちていた。


 シエラはあの時は気付いていなかったのだが、立候補したメンバーを集めてみれば、全員が女性だったのである。

 今回の旅のメンバーは、シエラ、アカリ、アケミ、イヴ、エメライト、シュカの六人。

 自身を女性に含めるのかは甚だ怪しいところだが、見た目の上では雰囲気は華やかである。

 やはり同性というのは話しやすいものなのか、エメライトとシュカも積極的に話に加わり、アカリとアケミに様々な質問を投げかけているようだ。

 (アカリとアケミは特に話しかけやすい雰囲気の人間ということも大きそうだが)


「ヤイグリへの旅もそこそこ長い行程じゃったが、今回も長い旅になりそうじゃな」


 シエラはというと、馬車の窓際にもたれて、流れていく景色を見ながら買い込んでおいた焼肉弁当を食べている。

 その隣に《雷霆》を抱えて座ったイヴは、小さく首を傾げた。


「……そんなに、長い? 冒険者なら、七日間くらいは普通だと、思うけど」

「ああ、そういえばそうなのかもな。わしは冒険者ではないからのう、あまりそういう文化には慣れておらんのでな」

「そっか。たしかに、私たちとは違う生活だった、ね」


 向こうの世界では旅行には全く縁がなく、《エレビオニア》の中でも長距離の移動は天空城に任せていたので長距離を移動することは非常に稀であった。

 以前《白の太刀》や《黒鉄》と同行して旅した時にも思ったことだが、シエラはこの馬車旅というものがかなり好きなようだった。

 なかなか普段味わえないゆっくりとした空間と、新鮮な景色。そして未知の地へ向かう高揚感という、それぞれの要素に楽しみがあると感じていた。

 ちなみに今回の馬車の御者は専門の運転手である。というのも、この馬車は《廃鉱グリートトリス》を経由した先にある街への定期便のひとつであり、今回はその馬車を貸し切り状態で使用しているのだ。

 割高にはなるものの、御者を交代する手間であったり馬の管理であったりを気にせずに旅ができるというのは結構な利点らしい。


「しかし、《黒鉄》の彼らも仕事があると言っていたが、よくイヴをこちらに付けてくれたものじゃな。男どもだけで事足りる仕事ということなんじゃろうか?」

「……あまりくわしく聞いてない、けど。東のほうで、砦の建設を手伝ったり、いろいろする、みたい」

「東の砦……というとやはり戦争関連ということかや。わしとしてはあまり関わりたくないものだが……」

「……《黒鉄うち》も、実際の戦いには参加しない、ってリーダーが言ってた。報酬はいいみたい、だけど……」


 イヴは窓の外を見て、少し目を伏せた。


「それを聞いて少し安心したのう。わしもこの国が気に入っておるし、あまり物騒なことにはならんでほしいものだが……」


 シエラはそう呟いてから、せっかくの旅路にそう暗くなる必要もあるまい、と思い直した。話を振ったのは自分なのだから、転換を図るのも自分の仕事だろう。


「そういえば、おぬしの新しい装備のことじゃが、衣装のデザインはどんな感じが良いかの。ちょうど時間もあるし、ちょっと聞いておこうかと思うのだが」

「あ、うん。……すごく、楽しみ。リーダーは、『長く使うことになるだろうから、金に糸目はつけない』って」


 その言葉に、目をキラリと怪しく輝かせるシエラ。


「ほう……それは良いことを聞いたな。くくく……これは腕がなるというものじゃ」


 シエラはそうつぶやくと、インベントリから《デザインアイデアノートXII》と表紙に書かれたノートを取り出すと、思いつくままにメモを書き込みはじめた。

 シエラは《エレビオニア》をプレイする以前からリアルの側でイラストレーターとしての技術を持っていた。VR技術の進化により人々は絵を描くように3Dモデルを作ることも可能になっており、そのシステムは《エレビオニア》を含む多くのVRゲームに採用されていた。

 シエラの腕前はプロのイラストレーターには数歩及ばないものではあったものの、《エレビオニア》では装備デザインでそこそこの儲けを上げていたのだった。


 そうしてノートに描いたいくつかのラフを見せてイヴと意見を交換していると、馬車が停止して御者席から声がかかる。


「お嬢さんがた、前方に魔物の群れが見えた。狼型が五、六体――お願いできるかな」


 エリドソル国内の街道は魔物が出現する場所も多い。そのため御者の声音もあまり緊張しておらず、慣れたものである。


「うむ、問題ない。誰が出るかの」

「……わたしでも、いいけど」

「了解じゃ、では頼んだ。エメライトや、よく見ておくのじゃぞー」

「はい……!」


 イヴが窓からするりと飛び出して、路上に着地する。

 シエラもエメライトに声をかけて観戦のために外に出る。

 この程度の遭遇戦は日常茶飯事なので他の者には声をかけなかったのだが、気付けば全員が馬車の外で戦いを見物していた。


「やっぱり、王都で魔法銃の練度が一番高いのはイヴさんですからね、私も興味あります」


 アカリに尋ねるとそういった理由で見物に出てきたらしい。

 《白の太刀》には現在魔法銃をメインで使っている者はいないので、新しい技術が気になるのだろう。


「……そんなに、見るほどのものじゃないけど」


 白い魔法銃《雷霆》を両手で構えて、二倍拡大設定のスコープを覗く。

 元より熟練の弓兵たるイヴには集中の時間はそう長く必要ない。

 数秒スコープを覗いて敵を確認し――静かに引き金を引く。

 正確にコンマ数秒間隔で六回引かれた引き金は、イヴの生成した六つの魔法を銃身に流し込む。

 発射された《遠雷槍》は六本の雷の軌跡を僅かに残して飛翔し、一瞬で敵集団に到達。

 比較的感覚の鋭い魔物である《黒妖犬ブラックドッグ》でさえも知覚できない速度で飛来した槍が、六匹の身体の中心を寸分違わず貫通し、過剰なほどのダメージを与えて同時に爆散させたのであった。


 小さく息を吐いたイヴが構えを解いて後ろを振り向くと、シエラ以下全員が口を丸くして驚いている。

 

「……どうしたの」


 イヴは首を傾げてから、何もなかったかのように馬車に乗り込んでいく。驚いていた一同も動くことを思い出して馬車へと乗り込んで行き、再度馬車は出発したのであった。


「しかし、想像以上に使いこなしておるのう……わしの想像以上じゃよ」


 シエラが言うと、エメライトも目を輝かせて同意する。


「ほんと、です! 流石は《黒鉄》のイヴ様、です……!」

「あそこまでとは、思いませんでした。魔法銃ってすごいんですねー……」

「一瞬だったもんね、私全然目で追えなかったや」

「やっぱり、《黒鉄》はすごいなあ……尊敬ですね……」


 エメライト、アカリ、アケミ、シュカのそれぞれから口々に褒められて、頬を少し赤らめて目線を逸らすイヴ。

 その後の移動時間はイヴへの質問タイムとなっていた。射撃のコツや魔力の練り方など、次々と飛んでくる質問に口数少ないながらもイヴが答えていったり、技術的な質問についてはシエラが答えたりなどして盛り上がったのであった。

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