68.廃鉱グリートトリス:1

 三日間の旅路を経て、シエラたちは《廃鉱グリートトリス》へと到着していた。

 かつては火山だったという山々からなる山脈の根本に存在するダンジョンである。

 その昔、鉱山として機能していた時代には魔物はいなかったらしいのだが、それから人が訪れなくなり時が進むうちに知らぬ間に魔素が濃くなり、ダンジョンと化したのだという。

 今現在では鉱石系のアイテムや魔物素材などを求める冒険者もそれなりの頻度で訪れるようで、ダンジョンから徒歩で一時間程度の場所に小さな村ができており、冒険者たちに宿泊施設などを提供している。

 こういった、住民の生活を主な目的とせず冒険者の宿泊や交易のために作られた集落は珍しくないらしい。

 シエラたちも昨晩はその村に宿泊し、翌日の早朝にダンジョンに来ていたのであった。


「そういえば、このダンジョンはおぬしらの調査対象になっておったのかや?」

「……けっこう前に、うちが調査した。特に何もなかった、けど」

「なるほど、では安心じゃな。よし、それではわしは採掘に注力するのでな、魔物はおぬしらに任せたぞ、アカリ」

「任せてください、シエラさん! えっと、魔物のレベルがどの程度か様子を見つつ、エメライトさんとシュカさんにも実戦経験を積んでもらう、という感じでしたよね?」

「うむ。先人の動きを見る、自分で実践する、アドバイスをもらう、これらがバランス良くできれば成長すること間違いなしじゃろう」

「がんばり、ます……!」

「ご指導、よろしくお願いします!」


 答えるエメライトとシュカにも気合が入っているようだ。はるか先をゆく先輩たちが同行するとはいえ初めてのダンジョンである。

 異界化した場所に出没する魔物は、外の世界のそれと比べて強い。普通なら冒険者になって一週間かそこらの二人にダンジョンはまだ早いところだが、こちらの体制は万全である。少しでも良い経験を持ち帰ってもらえれば良いが、とシエラは考えたのだった。


 そうしてだいたいの作戦をすり合わせた一行は、ダンジョン《廃鉱グリートトリス》へと突入した。

 隊列は前から二列になって、大盾使いのアケミ、槍使いのアカリを前衛に、シエラ、エメライト、シュカと並び、最後尾でイヴが魔法銃を持って警戒している。


「やはり、地下型のダンジョンは独特な空気があるものじゃな」

「これが、ダンジョン……空気がひんやりして、魔力がちょっと震えて、ます……」

「大丈夫じゃ、エメライト。まずは落ち着くところからじゃな」

「は、はい……」


 ダンジョンの空気にあまり呑まれていない様子のシュカと違い、エメライトは非常に緊張しているようだ。

 魔力の扱いに慣れた者は、自身の魔力の状態や、空気中の魔素の動きを鋭敏に察知することができる。

 それは戦闘などで有利に働くことも多いが、感じすぎることは無用な緊張を生むことにも繋がってしまうのである。


「うーむ、やはり入り口付近ではダマスカス鉱らしき反応はないか。おそらくもっと魔素の濃い区域――深部まで潜ることになると思うのでな、よろしく頼む」


 こうして、《廃鉱グリートトリス》攻略は始まったのだった。




「ほいっと!」


 岩石ゴーレムの振り下ろした鋼鉄の腕を、白い大盾を構えたアケミが受け止める。

 衝撃で空気が震えるが、アケミは微動だにしていない。


「失礼っ!」


 その頭上をひょいと飛び越えて空中で三回転までこなしてみせたのはアカリ。そのまま岩石ゴーレムの背後に着地すると、ガラ空きの背中に長槍を突き入れる!

 その一撃は綺麗に核を真っ二つに割り、岩石ゴーレムはガラガラと崩れ去ったのであった。

 エメライトとシュカは、その戦闘を見て小さく拍手を鳴らしている。

 シエラは減ってきていた鉄やミスリルなどの鉱石を補充するべく壁を掘っていたのだが、その様子に少し苦笑を漏らす。


「いや、そんなアクロバットを見せても真似できんじゃろ……もっと基礎的な動きをじゃなあ」

「えーっ、そうかなあ」

「い、いえ、参考になり、ます……! わたしも、もっと動けるようになれれば……!」

「うむ、まあ、そうじゃな……二丁拳銃のアクロバットというのも何か見覚えがあるが……」


 向こうの世界で《ガン・カタ》と呼ばれる特殊技能をシエラは思い出していた。その元ネタとなったらしい映画をシエラは見たことはないのだが、その戦闘技術は古今東西様々な作品に登場するものだ。もしかすると、この世界にも《ガン・カタ》技能が生まれる時が来るのかもしれない。

 

 それからしばらく進んでいくと、曲がり角の前で双子が足を止める。


「いる……角の先、十メートルくらいに一体……亀型の、金属系の甲羅で魔法も撃ってくるタイプのやつ。《鉄甲亀テッコウガメ》、だっけ」


 アケミが報告し、アカリが考える。


「そうですね、一体だけですし、エメライトさんとシュカさん、いってみましょうか」

「は、はい……やります!」

「任せてください!」


 二人は元気よく返事をすると、武器を構えて角から飛び出す。


 その先にいたのは、スケールを間違えたような巨体の亀が、行く手を塞いでいた。

 全長三メートル程度はあるだろうか。甲羅は鈍色の金属質の輝きをしている。

 目はしっかりとこちらを睨んできており、全身からはすでに魔力が立ち上ってきている。魔法を詠唱している兆候である。


「いきなり!?」


 シュカが驚きつつも小円形盾を構える。それと同時に鉄甲亀の魔法が発動し、五つの火球が順に二人に襲いかかる!

 《鉄甲亀》は頭部に脳を複数持つ魔物だ。意思統一がまちまちなのか動きは鈍重なのだが、敵に対しては脳の数だけ魔法を放ってくるため固定砲台としてはそこそこに強力な魔物である。


「これ……くらい!」


 それぞれ微妙に照準を変えて発射してきた火球を、盾で受け止め、届かないところは斧のスイングを当てて処理し、無事に五発の火球をしのぎきることに成功。

 ただし鉄甲亀も黙って見ているわけではなく、最後の火球が弾けたときには既に次の魔法の詠唱に入っていた。


「エメラ!」

「……うんっ!」


 しかし、二人の反撃準備もまた整っていた。シュカの背後から身体を出したエメライトは、四重詠唱した魔法を解放。

 圧縮された《アイシクル》の銃弾が両手の《白狐》から素早く連射され、三発は甲羅に当たって弾かれるも、最後の一発が頭部へと吸い込まれていき、炸裂。

 頭部や身体を貫通され、鉄甲亀はなすすべもなく爆散し魔素へと還ったのであった。


 その様子をしばらく見てから、エメライトとシュカは安心して小さく息を漏らした。


「ど、どうでした、か?」


 エメライトが恐る恐る聞くと、わざとらしい教官顔を作っていたアカリは重々しく頷いた。


「ええ、お見事です。……いえ、でも実際、一回の攻防で倒せるとは思いませんでした。ね、アケミ」

「うん、びっくりしちゃった。火球もなんとか処理できてたし、魔法の威力も高かったし。本当に冒険者になって一週間?」


 先輩たちに手放しに褒められ、驚きと嬉しさを感じつつも恐縮してしまう二人。


「いえ、その、偶然、急所に当たってくれたから、です……」

「私も、火球が防げるかギリギリでした……とっさに振った斧に当たってくれてよかったです。それに、私もエメラも、シエラさんの良い武器を使わせてもらってますし……」


 そう言ってシエラを見ると、シエラは首を横に振った。


「もちろんわしの武具は一級品だが、それを活かすも殺すも使い手次第、じゃよ」

「確かに、多少ギリギリ感はありましたけど、損害もなく上出来です。……しかし、魔法銃ってやっぱりすごいですねえ、シエラさん……あんなに威力があるなんて」

「なかなかじゃろ。さすがに初心者の練った《アイシクル》では金属の甲羅は抜けなかったようじゃがな」


 シエラはそう評するが、ドロップアイテムとしてその場に残った甲羅には、はっきりと三つの弾痕が残されている。もう少し練度の高い者がしっかりと魔力を練り込めば貫通できそうである。

 それは通常の《アイシクル》では考えられないことだ。普通の方法で氷魔法にここまでの貫通力を持たせるには、二、三段は階梯が上の魔法を使わざるを得ないのである。


「よしよし、この調子で行こうではないか。おぬしらが頑張っている様子を見ているとわしも気合が入るというものじゃ」


 これは自身の思っていた以上に良い実戦経験が積ませられるかもしれないな、とシエラは考えてにやりと微笑んだ。

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