66.そろいもそろって


 それからの三日間、ツェーラ鍛治錬金術具店の営業は平和であった。

 ただ、平和というには多少忙しすぎる感はあったのだが。

 《白の太刀》が出入りしていることが噂になったらしく、興味本位で出入りする冒険者が多く来店したのである。


「というよりも、これはあやつらが宣伝してくれたんじゃろうな、おそらく」


 《白の太刀》のリーダーでもある弓兵ゲラリオは、軽薄そうな様子と裏腹に義理堅いところがあることはこれまでの付き合いでなんとなく察していた。シエラの冗談を真面目に実行してくれているらしい。

 これはまた来店した時にでも何かサービスせねば、と心に留めておく。


 そんなわけで、懐に余裕のありそうな者には声をかけて武具を買わせ、値切る者は適当にあしらい、錬金術具に興味を覚えた者にはポーションを勧めたりなどして、あっという間の三日間を過ごしたのであった。


「うーむ、なかなかに疲れた……まあ繁盛するのはいいことじゃが」


 数ヶ月前まではただの自堕落な一般的なネットゲーマーだったので、何日も続けて接客を頑張るというのは初めての経験でもあり、なかなかの疲労感を感じていた。

 シエラがそうしてぐったりしながら日課の研究ノートを取り出していると、店の扉が開いた。

 もう店は閉店時間ギリギリだが、そういえばエメライトとシュカに今日来るように言っておいたので彼女たちが来たのだろう。


「入るぞ」


 しかし、シエラの予想と裏腹に、聞こえたのは野太い声。


「なんじゃ、ガレンか。どうしたんじゃ?」

「ああ、近くであいつらと偶然会ったもんでな」


 入ってきたのは《黒鉄》のリーダー、ガレン。

 彼がそう言うと、続いてぞろぞろと人が入ってくる。


 その内訳は、《黒鉄》の四人に、《白の太刀》の四人、それにエメライトとシュカ。最後におずおずと入ってきた巻き込まれたらしき二人の少女は完全に状況が飲み込めていない顔をしてうろたえている。


「これはまた、豪勢なメンバーじゃな。《黒鉄》はあまり仕事以外で全員揃って行動するイメージはなかったが」

「いや、そうでもない。といっても今日は仕事――シエラ殿に製作の依頼と相談をしに来たんだが」

「なるほどな。エメライトとシュカは荷物の受け取りじゃろ、では《白の太刀》は……?」


その疑問に答えたのはゲラリオ。


「ああ、俺たちはちょっと錬金術具の補充をしにな。宿の支店のポーションは他の連中が買っていって残ってなかったんでね」

「そういうことかや。ああちょうどいい、おぬしらのももう仕上がっておるから受け取っていくとよい」

「もうできたのかい? 随分と早いな」

「まああの予定はイレギュラーが起こった場合の保険のようなものじゃよ」


 なるほど、と笑うゲラリオに笑って返すシエラ。

 そうして他のメンバーとも雑談していると、エメライトとシュカがそーっと寄ってきた。


「あのー、シエラ、さん」

「ん、どうしたエメライト」

「《白の太刀》や《黒鉄》まで揃って……シエラさんとは、どういうご関係なんですか……?」

「どう、と言われてものう……」

「シエラ殿には、イヴをはじめ我々も世話になっている」


 シエラが適切な言葉を思いつかないでいると、ガレンががっしりと腕を組んで言う。


「す、すごい……国内でも有数のトップパーティのみなさんに頼りにされてるんですね、シエラさん……」

「彼らと縁が繋がったのは幸運としか言いようがないがな。おっとそうじゃ、これがシュカの防具と、エメライトの白狐じゃな」


 本題を忘れないうちにと、シエラがカウンターの下に用意していた依頼品を渡す。


「わあ、ありがとうございます、シエラさん!」

「ありがとうございます……!」


 シュカが喜んで受け取る。内容は、胸部、腕、膝から下を保護する革と金属の合成軽鎧。錬金術による素材の品質向上などの恩恵を受けたその防具類は、見た目以上にシュカの守りを強固にするだろう。

 エメライトには最初に渡した白狐と同じ、アイシクルの魔法を放つエントリーモデルをもう一丁。特にカスタムはしていないので、二挺持ちがあまり合わなかった際には返品してくれていい、とすでに伝えてある。


 その流れで《白の太刀》の者たちにも依頼品を渡していく。

 彼らは今回の依頼で防具の半分ほどとアクセサリー類を更新した。

 久しぶりに結構な数の装備品を作成したので、シエラとしてもこの世界での鍛治仕事の感覚に慣れるという意味でいい仕事であった。


 彼らがそれぞれの新装備を身につけて感想を話している様子を、シエラはしばらく満足げに見守っていた。


「じゃあそろそろ、俺たちの相談もしていいか」


 ガレンが話しかけてくる。


「うむ、この通りわしは金次第でなんでも作れるぞう」


 客が喜んでくれているので多少鼻を高くして答えるシエラ。実際彼らのレベル程度の装備であれば、どんなジャンルの装備品でも作れないものはないのだが。


「内容はあまり多くない、作って欲しいのは俺の大盾とギリアイルの長杖、あとギリアイルとイヴの戦闘用の衣装なんだが……衣服は管轄外か?」

「いや、問題ない。デザインから縫製、付与まで全部こなせるのでな」


 《エレビオニア》時代の技能的には縫製は鍛治の隣接技能だったため、シエラにも習得しやすい分野であった。そのためシエラも、縫製のみを極めた者には及ばないまでも、その一歩手前までの技能は習得していた。

 リサエラの特製メイド服を筆頭に、《アルカンシェル》のメンバーの衣装だったり鎧下だったりはだいたいがシエラ製である。


「それは心強い。それで、装備の素材なんだが――ダマスカスとの合金を希望したい」

「ほう……ダマスカスとな。わしは今ストックしていないし、グランリットでも採れた記録はないそうじゃが……何かアテが?」


 ダマスカスといえば、《エレビオニア》プレイヤー序盤の定番装備素材だ。ダマスカス製防具を扱えるようになると一気に防御力が向上し、攻略が楽になるのである。

 この国では産出しないようで、稀に市場で見かけるダマスカス製の武具は全て外国製な上、法外な値段となっている。


「俺の知り合いのパーティが先日ある廃鉱ダンジョンに潜ったらしいんだが、そこから帰ってきた彼らが持ち帰ったのが――こいつだ」


 ガレンがインベントリから取り出したのは、不思議な光沢のある黒く青い鉱石。それは紛れもなく、シエラもよく知っているダマスカス鉱石であった。


「おお、これは間違い無いな」

「これはダンジョン内に偶然転がっていたものらしい。ダンジョンの壁は魔化されており非常に強固で、現状では誰も採掘できそうな者に心当たりがないそうだ」


 そこまで聞いて、シエラは依頼の内容を理解した。


「なるほどな。それをわしに掘ってこいと。それも含めての相談というわけかや」

「そうなる。ダンジョン名は《廃鉱グリートトリス》。ここから馬車で三日ほどの場所にある。低級ダンジョンとはいえ、うちからイヴを付けようと思っている。他の人員は別の依頼で稼働予定で一人だけの護衛になってしまい恐縮だが――」

「じゃあ、わたしとアケミも同行していいですか?」


 ガレンとの相談に入ってきたのはアカリとアケミ。

「む、いいのか? 《白の太刀》の前衛がいれば確かに心強いが……」

「いいのいいのガレンさん、うちはしばらく休暇の予定だったし。いいよねリーダー?」

「アケミ、そういう話は勝手に進めんなよな、まあウチは何も問題はないけどさ。ああでもどうせなら、ダマスカスはウチの分も頼むな」


 遠い異国の地でしか手に入らないとされていたダマスカス製の武具が手に入るなら非常に美味しい話だ。そう判断したゲラリオは即断で許可を出した。

 アカリとアケミの提案も、もちろんその話に食い込むのが目的である。(シエラとまた小旅行に出るのも楽しそうだと感じたのもある)


「というわけだが、どうだろうか、シエラ殿」

「そこまでしてもらえれば、わしには異論はない。そうじゃな、来週は店を休みにして、ダンジョン旅といくかの」

「助かる」

「……そうじゃ、そういうことであればエメライト、シュカ、同行せぬか?」

「えっ、わたしたち、ですか?」


 急に話を振られて驚く少女たち。


「うむ、低級ダンジョンという話だし、勉強にいいかと思ってな。何か予定があるなら無理にとは言わぬが――」

「いえ、行き、ます! いいよね、シュカ?」

「あたりまえじゃん、エメラ! よろしくお願いします、シエラさん!」


 こうして、急ではあるもののシエラたちの次の旅が決まったのであった。

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