63.よってらっしゃい


「……これでよい、かな」


 店内をぐるりと見回して、シエラは一つ頷いた。

 今日はついにツェーラ鍛治錬金術具店の開店日である。


 店の広さは向こうの世界のコンビニエンスストアほどの広さはあるのだが、武具を陳列すると場所を取るため思っていたより狭い印象である。

 とはいえ接客をするのはシエラ一人のため、あまり広くない方が都合がいいかもしれない。

 品揃えは、初中級冒険者向けの武器防具を中心に揃え、オーダーメイドも応相談である。

 錬金術具についても買いやすい価格の回復ポーションを中心に、治癒バンテージや各種状態異常に対する治療薬なども陳列してある。

 価格面は事前に複数の店舗をリサーチして反映しており、一般的な価格より若干高いが性能は高め、を売りにしていく腹積もりである。


「さて、表の札を掲げておかねばな」


 エレビオニア時代からずっと鍛冶屋として店を持っていたシエラではあるが、ごくごく一般的な社会人経験しかない彼女に現実で店を持った経験はもちろん皆無である。

 《マウンテンハイク》にスペースを借りていた時とはさすがに感覚が違うな、と淡い高揚感と緊張感を感じつつ、店の前に出て『営業中』の金属プレートを設置する。

 時刻は午前七時。小鳥のさえずりと、澄んだ空気に乗ってどこかから朝食の香りが漂ってくる。

 人通りはまだ少ないが、これからまた王都が活気に満ちる、そんな予感を感じさせる雰囲気である。

 そんな中、ツェーラ鍛治錬金術具店の初日は静かに幕を開けたのであった。


 最初の客が来訪したのは、人々が活動を開始した午前十時ごろであった。

 シエラがカウンターの奥に座り、日課にしている錬金術の実験の結果をつらつらとノートに書き写していると、店の扉が開かれた。

 入ってきたのは、三人の若い男。それぞれが軽鎧をつけ武器を腰に提げている。王都でもよく見かける典型的な冒険者スタイルである。

(全身鎧のような金属鎧は重い上にかさばるため、普段は装備せずにインベントリにしまっておくのがこの世界の定石らしい)


「む、おっと、いらっしゃい」


 その男たちが客であると遅れて認識したシエラは少し慌てつつ挨拶を投げる。


「ああ、どうも。この辺りに二巨頭以外の店があるなんて知らなかったな」


 先頭の男が店内を見渡しながら返す。

 二巨頭とは、この区画に店を構えるウィンダム工房とレッドナイツ工房を指す。その呼び名は王都の人々にもかなり浸透しているようなので、老舗の彼らの存在感たるやといった様子である。

 後ろの二人も「こんな店があったんだな」と話しながら、店内を歩いている。


「うむ、今日開店じゃからな。おぬしらは見る目があるのう」

「見たことがなかったからとりあえず入ってみたんだが……その、君は……?」


 男は不思議そうな様子で問う。

 王都で見かける鍛冶屋といえば筋骨隆々の偉丈夫か、肌の黒く焼けたドワーフが経営しているのが普通である。

 カウンターに座る白銀の髪の可憐な少女は、少なくとも槌をふるっているようには見えない。店員と考えるのが自然だが、それにしては態度がどうにも店員のそれではないのだから、男が不思議に思うのも当然である。


「わしはシエラ・ナハト・ツェーラ。このツェーラ鍛治錬金術具店のオーナーじゃよ。おぬしは?」

「え? ああ、俺はウォルグ。冒険者だ。君が店主なのか……、いや、まてよ。少女の鍛冶師の噂を最近どこかで……そうだ、もしかして《マウンテンハイク》の?」


 ウォルグは話す間に何かを思い出したようだ。


「おお、そうじゃな。マウンテンハイクには支店のような形でスペースを借りておる。というか噂になっておるのか……? 悪い話ではなかろうな……」

「やっぱりそうか……! いや、全然悪い噂じゃないよ。なんでも最近、その少女がごく少数の者に売った武器だか術具だかがすごい代物だったらしい、と聞いたんだが」

「一週間かそこらしか経っておらんはずだが、噂は着実に広まっておるようじゃな。それは本当じゃよ。その名も魔法銃マジックブラスター。そこに展示してある」


 シエラが指を刺したのは術具の棚。杖や指輪といった魔法使いの使う術具類の中央、つまり目立つ場所に魔法銃は置かれていた。

 置いてあるのは初級者向けの魔法銃《白狐ビャッコ》である。弾として扱いやすい性質の火、氷、雷属性の三種類がそれぞれ三挺ずつ並べられており、静かにその存在感を主張している。


「そうか、あれが……! ふむ、価格は魔杖の倍か……」


 ウォルグは顎に手を当てて考える。魔法銃は精密な加工を施すほど威力と命中精度が増すため、使用する金属と技術のため割高となっているのである。

 彼がパーティ内の資金繰りを計算していると、店を見て回っていた二人も話を聞いていたようで、ウォルグのほうへやってきて肩をポンと叩いた。


「一つ試しに買ってみてもいいんじゃないか? 俺のサブアームにできれば戦力も向上することだしな」

「まあ、確かにな。うちで魔力の扱いがマシなのはお前だけだし、一つ試してみるとするか。……シエラさん、じゃあ雷の魔法銃を一つ、頼む」

「うむ、毎度あり、じゃ。……他にも買い物はないかや?」


 シエラがにっこりと問うと、別の男がまたウォルグの肩を叩く。


「魔法銃以外の武具も、いい作りのものが揃ってるみたいだぜ、リーダー。実を言うと俺はこの剣が欲しいんだが」


 そう言って持っていたものをウォルグに見せる。それは、中級者向けの片手剣であった。


「おお、おぬしも見る目があるのう。それは鉄とミスリルと緑鉄の合金で作った非常に頑強な片手剣じゃよ。鋭利さを底上げする術と、汚れが落ちやすくなる《清浄》の術がかけてある。安定して長く使えるものになっておる」


 その説明を聞きつつウォルグは渡された剣を検分し、眉根を寄せて悩む。

 しばらくそうしてから、ウォルグはインベントリを開くと、財布を取り出してカウンターに放り投げた。


「ぐ、確かにいいもんだ…………いいさ、どっちも買うよ。ヘルダの剣もそろそろ交換どきだったしな」

「うむうむ、毎度ありじゃ。ではついでに当店自慢の回復ポーションはいかがかな。これは効果だけでなく味にもこだわった一品で――」


 そうしてシエラが調子良く語ろうとしていると、店の扉がまた開かれた。

 入ってきたのは、男女二人ずつの冒険者たち――王都トップクラスの実力者パーティ《白の太刀》であった。

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