59.実演販売・再

 裏庭に到着すると、シエラは一丁の魔法銃を取り出してエメライトに渡した。

 白くマットな塗装の、極めてシンプルなデザインの拳銃スタイルで、チャンバーには青く透明な魔石が嵌め込まれている。

 魔法銃の初心者向けエントリーモデルとして用意した正式量産モデル、《白狐ビャッコ》である。


「これが……魔法銃、ですか?」

「うむ、魔法を圧縮して撃ち出すことで、低魔力コストで高い貫通力と威力を得られる新技術じゃよ。普通の魔杖を使ったことは?」

「はい、大丈夫です」

「それならだいたいの過程は一緒じゃ。魔力を込めて引き金を引けば発動する。ものはためし、あの的を狙ってみよ」


 シエラが指差した先には、大きな円形の金属盾が壁に取り付けられていた。なお、壁自体にも魔法防御をかけているため、誤射してもご近所に迷惑がかからないように配慮済みである。

 渡した魔法銃に装備された魔石は氷系第一階梯魔法の一つ、《アイシクル》。小さな氷柱を一つ生成して飛ばすだけの魔法なので、いかに魔法銃経由といえどどれほどの出力で放ったとしても壁を貫通することはない。


「ええと……魔力を練って……構造式を構築して……あ、《アイシクル》、いきます!」


 工程をつぶやきながら、エメライトが恐る恐る放った氷柱は目では追えないほどの速度で飛翔し――的からは大きく外れて壁に衝突し、弾けた。


「す、すごい速度……それに、氷柱の密度も、《アイシクル》じゃないみたい……」

「うむ、これが魔法銃の力じゃよ。どうじゃ?」

「すごい、です、けど……わたしには、少し難しいかも……」


 シエラとしては、初めてなのだから命中精度は誰でもあんなものだろうと思うのだが、どうやらエメライトは自己評価が低い部類の人間らしい。

 ふとあることを思いついたシエラは、少し発破をかけてみることにした。


「ふむ、それは残念じゃな。おぬしの尊敬する大先輩たるイヴも同じものを使っておるのじゃがなあ」


 シエラがさぞ残念そうに(わざとらしく)言うと、わかりやすくエメライトの肩が跳ねた。


「えっ、イヴ様も……!?」

「……うん、これ。ほんとは、今日もこの子の調整と注文をしに来たんだけど」


 そう言ってインベントリから取り出したのは、白いSFファンタジーな魔法銃、《雷霆》である。


「か、かっこいい……!! でも、ずっと弓を愛用されてきたイヴ様が、武器を変えるなんて……」

「基本は、用途によって使い分ける、けど。私は、この子が好きだから」

 イヴはすっと構えて片目を閉じると、トリガーを三回引く。

 慣れた手つきもさることながら、非常に短い詠唱時間で生成された《遠雷槍》がパパパンと軽い音を響かせながら三連射され、いずれも盾の中心に命中して炸裂した。

 短い距離ではあるが流石だ、と頷くシエラの隣で、エメライトは口を開けたまま固まっていた。


「どうじゃ、エメライトよ。使ってみるか?」


 その目の輝きは、既に答えたようなものであった。


「わたし――これにします!」




 魔法銃はその構造から通常の武器よりは値が張るとはいえ、《白狐》はエントリーモデルのためエメライトたちの予算にもなんとか収まる範囲であった。

 自分の愛銃を得て満足げなエメライトといっしょに、シュカもまた初心者向けの片手斧と小円形盾を購入して気合の入った表情である。


「おっとそうじゃ、イヴも何か用であったのじゃろ、すまんかったな」

「……別に、いい。新しいカートリッジを作ってもらおうと思って来ただけだから」

「なるほど、そういうことであればお安い御用じゃ」

「あの……もしよかったら、私たちも見学させてもらえませんか?」

「ふむ、わしはいいが、イヴはどうじゃ」

「……大丈夫」


 イヴの許可を得て、四人は炉のある工房スペースへと移動する。

 イヴが言うには、雷属性が効きにくい敵を相手にしたときのために別の属性のカートリッジが欲しいということであった。

 雷属性が効きにくい敵といえば、真っ先に浮かぶのは土で身体が構成されたクレイゴーレム系統の魔物だろう。クレイゴーレムをはじめとして、ダンジョンの魔力が染み込んだ土を身体の構成要素とするタイプの魔物にはその材質上非常に雷属性が通りにくい。

 こういった敵に効果が見込める属性といえば――


「やはり、炎熱系統の属性魔法があったほうがよさそうじゃな。局所的に使用するのであれば多少コストの重めな魔法でも問題ないじゃろうし……、第四階梯の範囲炸裂魔法《爆砕槌》あたりでどうかや」

「それでお願い」


 イヴが即決したので、シエラもすぐに作業に取り掛かる。

 と言っても、《雷霆》用のカートリッジの筐体にも予備を用意してあるし、《爆砕槌》の魔石にもストックがあるので、やることといえば魔石を錬金術で整形し、カートリッジの筐体に収めるだけである。

 作業はものの数分で終了し、カートリッジは代金と引き換えにイヴへと渡ったのであった。


「……発動、問題なさそう。《爆砕槌》はここじゃ試せないけど」

「開店目前の店を爆破せんでくれよ……。現地で試してみて、調整点があれば言うてくれればよい」


 そこから、《雷霆》のパーツを調整したり、高倍率な照準器の発注を受けたりしていると、あっという間に数十分が経過していた。


「おっと、二人ともすまぬな。つい話し込んでしまった」

「いえ、全然大丈夫、です。一流の冒険者さんたちのお話が聞けただけで、よかったです」


 エメライトもシュカも結構な時間待たされてしまった形だが、特に気にしてはいない様子だ。

 シエラもイヴも、話に集中すると周りが見えなくなる傾向があるらしいので、多少は気にしないといけない、と心に留めたのであった。




「今日はありがとうございました! 武器、大事にしますね!」


 シュカがお辞儀をして、 腰に下げた斧をポンと叩く。


「わたしも、お世話になりました! 絶対上手くなります……!」


 エメライトは革のホルスターに入った《白狐》を胸に抱えて大きく頭を下げた。

 二人とも元気で礼儀正しく、シエラとしては非常に好印象であった。


「うむ、またいつでも来ると良い。防具やポーション類も必要になるじゃろうしな」


 そう言って二人を送り出すと、思いのほかとても満足感を得ることができたのであった。

 この感覚は、ゲーム時代に作成した装備を購入したプレイヤーがとても喜んでくれたときのものに近い。むしろそれ以上に、リアルで対面した人たちに感謝されるというのは想像以上に心地の良い体験であった。


「……あの子たち、きっと、いい冒険者になる」

「それは、一流冒険者の勘というやつかや?」

「……それもある、けど。まっすぐで素直な気持ちが、一番大事だと思うから」

「くくく、イヴがそういうなら間違いないな」


 そんな話をしながら、ツェーラ鍛治錬金術具店の臨時開店日一日目が終了したのであった。

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