58.休日の来客

 シエラが家を購入してから一週間ほどが経った。

 この一週間は開店準備をしたり家具を揃えたりとかなり忙しくしていたシエラだったが、開店準備がひと段落し、ようやく久しぶりの休日といった雰囲気である。

 家の前には既に『ツェーラ鍛治錬金術具店』の看板を掲げているが、並べて『準備中』の札も下げてある。


「あとは……主に初心者向けの武具と錬金術具の充実、かの。まあそのあたりは開店してから傾向を見定めるしかないが」


 シエラが調査したところによれば、近所に店を構える二軒の大きな工房――ウィンダム工房とレッドハンマー工房というそうだ――は、二軒とも中堅レベル以上の冒険者を対象に商売をしているようで、駆け出し冒険者はあまり商売相手として見られていない様子であった。

 初心者向けの武具といえば、鉄製だったりといった素材的にも技術的にもあまり単価の高くないものが多い。そのため、大手の工房ではうまみのある商売相手とは見られていないらしい。

 なので、まずはそういった需要の被らないところから営業して、手を広げていこうという算段である。


 シエラがそう思いつつ炉に向かおうとしていると、店側の入り口がコンコンと控えめにノックされる。


「おや、どちら様かの」


 そう答えつつ引き戸を開けると、そこには十三、四歳ほどに見える少女が二人立っていた。


「あ、あの……失礼します、ここって……武器屋さん、ですよね?」


 口を開いたのは、魔術師風の衣装に身を包んだ内気そうなグレーの長髪の少女。


「ああ、そうじゃが……実はまだ開店準備中でな。表に札を下げておいたはずなんじゃが」

「えっ、すみません、気付きませんでした……!」


 少女が驚いて頭を下げるのと一緒に、隣の少女も謝りつつ頭を下げる。


「すみません、私も気付かないで入っちゃいました! 見たことないお店が増えてたから、見てみようって話してて」


 こちらの茶髪の少女は活発そうな印象だ。謝りつつも、苦笑いといった雰囲気である。


「いや、気にせんでよい。数日後には開店する予定じゃったしな。見たところ、随分若いように見えるが……?」


 若いと言われて、少し不思議な顔をする茶髪の少女。

 話し口調や雰囲気はともかく、容姿や背丈は自分たちよりこの店主と思しき銀髪の少女の方が明らかに幼い印象なのだから、首を傾げてしまうのもいたしかたないことといえる。


「えっと……? 私たち、冒険者になろうと思ってて。なので、まだ駆け出しですらないんですけど」

「なるほど、それで武具を探していたと」

「はい、最初だからいいものを買おうと思って有名なところに行ってみたんですけど……初心者向けのものって、全然置いてなくて。聞いてみても作ってくれないらしいんです」


 その話を聞いて、シエラはピンと来た。彼女たちはまさしく、シエラがメインターゲット層だと思っていた者たちである。


「まあそれは仕方ないじゃろうな。初心者はだいたいノーブランドの量産品を買うと聞くしな。だが……そういうことであれば、話を聞いてやれるやもしれぬ。おっとそうじゃ、わしの名はシエラ。このツェーラ鍛治錬金術具店の店主、シエラ・ナハト・ツェーラじゃ。お主らは?」


 二人の少女は顔は互いに顔を見合わせると、パッと笑顔になった。


「私、シュカ・イスバールって言います!」

「えっと、エメライト・リンクス、です。……よろしくおねがいします!」

「うむ、シュカにエメライトじゃな。お主らが我が工房最初の客じゃな!」


 とりあえず時間だけはたっぷりあるので、まずは相談ということで店の奥のリビングに二人を招き、お茶をいれたのであった。


「私とエメラは幼なじみで、オールデって村の出身なんです」

「そこは遠いのかや?」

「ここからだと……馬車で五日間くらいのところで、小さい村です。村の決まりで、十四歳になったら何かの仕事に就くというのがあって。それで私たち、冒険者になろうと思ったんです」

「十四歳でとは、なかなか立派じゃのう。パーティは二人でやるのかや」

「はい、まずは幼なじみの二人で始めてみようと思って、エメラと決めたんです。ね、エメラ」

「えっと、そう、なんです。わたし、ちょっと人見知りで……知らない人と話すの、苦手なので……」

「まあ、それも選択肢としてはなしではないじゃろう。冒険者といっても、多人数でパーティを組んで迷宮の奥地へ分け入り秘宝を発見し――といった者たちだけを指すわけではないしの。大きい仕事から小さい仕事までいろいろじゃ」


 自身は冒険者ではないのにもかかわらず訳知り顔で語るシエラ。このあたりの冒険者事情というのはほぼ全てがマウンテンハイク宿泊者との雑談から得た情報である。


「ところで、おぬしらの買う武器は決まっておるのか? 剣から何まで、大抵のものは作ってやれるが」

「私は斧と盾にしようかなって。斧なら村の仕事でも振ってたから慣れてるし」


 なるほど、渋い選択だとシエラは思った。慣れている道具の延長線上から入るという発想も悪くないように思える。


「わたしは……ちょっと、迷ってます。魔法は多少使えるので、最初は短杖か、短剣にしようかと……」


 そう言うエメライトは、シュカと比べて筋力には乏しそうだが、確かに魔力の流れを感じることができる。

 ここは彼女に魔法銃を勧めてみるべきか、と閃いたシエラだが、口を開く前に思いとどまる。

 魔法銃は、あれはあれでなかなか扱いに癖のある武器である。

 必要なだけの過不足ない魔力を練り上げる感覚、チャンバー内で魔力を圧縮する感覚、狙いを定めて発射する感覚など、熟練を必要とする要素が意外と多い。(実はシエラ自身もそれらの感覚に微妙に適正がないため的に命中させられないのだが、自分のことには無自覚なままなのである)

 自身の作る武器に対する自信はあるが、はたして勧めてもいいものか。考えていると、またしても店のドアがノックされた。


「おっとすまぬな、今日は望外の訪問者が多い日じゃな。少し待っておれ」


 そう二人に断っている間に、引き戸が静かに開かれた。


「……シエラ、いる?」


 その訪問者は《黒鉄》のイヴであった。


「おや、イヴかや。ちょうどよかった。上がってくれ上がってくれ」

「ありがとう。……ちょうどいい、って?」


 この一週間の間に、イヴは既に何度かシエラ宅を訪れていた。《黒鉄》全員での引越し祝いであったりイヴの《雷霆》の調整やメンテのためであったりである。


「いやなに、新人のお客さんの相談に乗っていたところでな。ほれ、この子らじゃ」


 そう言ってリビングのほうを向くと、シュカとエメライトが目を丸くして驚いている。


「シエラさん! イヴさんって……あのイヴさんですか!?」

「すごい、本物のイヴ様、です……!」

「ん? ああ、おぬしらも知っておるか、流石に有名じゃな。こちらが《黒鉄》のイヴ。わしの……お得意様、じゃな」

「……うん。よろしく」


 友人、と言おうとしてなんとなく言い直すシエラ。こういうところにシエラの気質が出てしまっているというものである。


 イヴはといえばいつもの無表情ながら、新人の輝く眼差しに多少気恥ずかしそうである。

 やはり王都で一、二を争う有名パーティの一員というもので、その名は小さな村から出てきた少女たちにも知られているらしい。

 興奮度でいえば、どちらかというとエメライトのほうがその度合いが強いように見える。


「すごい、です。トップパーティの方とお会いできるなんて……!」

「人気者じゃな、イヴや」

「……そういうのは、いいから……」

「くくく、照れるイヴというのも珍しいものじゃな。まあ話を戻すとじゃな、こっちのエメライトが買う武器を迷っておるんじゃよ。魔法適性はあるようなんじゃが」


 一通りの説明を聞いたイヴは、少し考えて口を開いた。


「……シエラは、魔法銃を勧めるか、迷ってる?」

「おお、そうじゃな。思っていることがバレるとは」

「あれは、ちょっと使うのが難しいから、仕方ない」


 そう話していると、エメライトが控えめに手を上げた。


「あの……魔法銃ってなんですか? 聞いたことのない武器だと思うんですけど……」

「……実際に試してもらってもいい、かも」

「ふむ、それもそうじゃな。ここはひとつ、エメライトにはうちの新商品を一度試してもらうとするか」


 そうして、疑問符を浮かべたままのエメライトを含む四人は店の裏庭へ向かったのだった。


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