57.即決
「確かに、全額確認させていただきました。キーをお受け取りください、シエラ様」
「うむ、ありがとうな」
時刻はすでに日没後。シエラは夕飯を食べたのち物件管理組合へ向かい、代金を支払ったのであった。
購入した家は――二軒目に下見をした物件。老舗の鍛冶屋が二軒同じ区画に存在する、ある意味で激戦区の家である。
マウンテンハイクで夕食を食べつつヘラルドにも相談したのだが、『シエラちゃんも腕は確かなんだし、同業者のひしめくところにぶつかってみるのもいいんじゃないかな』という言葉を貰い、後押しされた結果である。
「まあ老舗なのだから、一人新参者が来た程度のことは多めに見てくれるじゃろ」
そのような楽観を抱きつつ、到着した新居のドアを開ける。
この家はしばらく空き家になっていたらしく、多少の埃っぽさは感じるものの、作り自体はしっかりした印象を受ける。
「二階建て庭付き広々スペースとは、贅沢なものじゃな! ひとまず掃除から入るとするか」
そう意気込んだシエラは、インベントリから掃除道具一式を取り出し、仁王立ちを決めたのであった。
「これは……重労働じゃったな……二階は明日にしよう……」
三時間後。シエラはふらふらとリビングの椅子に座り込み、大粒の汗を流していた。
レベル三百の身体というのは生産職特化とはいえそれなりに頑強であり、多少の運動では疲労困憊とはならない。
ただ、この広々とした家の全体に渡って掃除をするというのは、慣れない行為ということもあり大変な労働であった。
シエラが向こうの世界ーで住んでいた部屋は、せいぜい必要最低限の広さのワンルームでしかなかったのである。
この家は一階には四部屋あり、リビング、キッチン、それに空き部屋が二つとなっている。
シエラの想定としては、空き部屋二つの壁を取っ払って、鍛治工房にする予定である。
上階にもまだ空き部屋が四つある状態なので、自室はそこにしようという考えだ。
「さて、今日はもう寝るか。寝室は……ベッドの用意もないし、マウンテンハイクに戻るとするか」
「おお、住居を決めたんだね。おめでとう、シエラちゃん」
「うむ、おかげさまでな」
既に夜のバータイムに入っていたマウンテンハイクのカウンター席で、シエラはヘラルドと話していた。
「それでじゃな、向こうで店を開くことになるので、こっちに借りているスペースをどうしたものかという相談なんじゃが……」
「そういえば、そうだね。宿の人以外にも、外部から錬金術具を買いに来てそのままうちを使ってくれるお客さんも増えて来たし、こちらとしては使い続けてくれて構わないんだけど……」
「ふむ、それならば言葉に甘えたいところじゃが、わしが店番をするわけにもいかぬしなあ」
「そういうことなら、うちの従業員から一人店番をつけるよ。それでどうかな」
「それはありがたい。それでは、早朝か夜間に搬入すればよさそうじゃな。手間を取らせるが、よろしく頼む」
ヘラルドとしても、シエラの店は宿の名物の一つと化していたところもあるので、できれば存続させたいところなのであった。
こうして互いの利益は合致し、これからもマウンテンハイクとシエラの関係は続いていくことが決まったのであった。
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