56.したみ


 イヴとの昼食を終えたシエラは、ある場所へと向かって歩いていた。

 その行き先とは、物件管理組合である。


 マウンテンハイクのヘラルドに聞いたところによると、物件管理組合は国営の組合だそうで、王都や他の都市内の物件を管理、販売している場所らしい。

 つまりは国営化された不動産管理会社のようなものである。

 《黒鉄》から受け取った報酬や日々の売り上げなどによってすでに一軒家が買える程度の金銭を手にしていたシエラは、早速王都に家を持ってしまおうと考えたのであった。

 居住空間ならば、天空城アルカンシェルは完璧といってもいい場所である。ただ、異世界に来た以上は自身の根となる場所を現地に設けたい、というのがシエラの考えであった。

 それに、ある程度の広さの場所を買えれば炉を作っての鍛治や錬金術具を揃えて現地で作業できる環境を整えることができる。


「まあ、ハウジングというのはそれだけで心が躍るというものよな」


 どういう家にどういった家具を置こうか、などと考えているうちに、大通りに面した大きな建物――物件管理組合本部が見えてきた。王都の中でも中央寄りの場所である。

 わくわくする気持ちを抱きつつ、ドアを開ける。

 組合の中は、冒険者組合のように人で溢れているわけでもなく、落ち着いた雰囲気である。ちらほらと受付に向かっている人たちが見受けられる程度である。

 なんだか市役所に来たような気分だ、と思いつつ、シエラは受付へと向かった。


「ようこそ、物件管理組合へ。……ええと、ご用件は……」


 受付に座っているピシッと制服を着こなしている女性が、シエラの姿を見て困惑する。

 身長は明らかに子供のそれなのだが、服装は一流の貴族かのような気品のあるワンピースを纏っている。かといって貴族の令嬢かといえば、このような端正な容姿に白銀の長髪を備えた者の噂は聞いたこともない。少なくとも、子供だからと追い返せるような雰囲気ではないのである。

 そんな彼女の困惑に全く気付いていないシエラは意気揚々と答える。


「うむ、王都に一軒家を買おうと思うてな。条件から見繕ってくれると聞いたのだが」

「ええっ? あ、いえ……はい、当組合では条件に応じた物件の紹介を行なっております。……失礼ですが、居住資格のほうはお持ちでしょうか?」


 なんとか再起動した受付嬢がにこやかに返答する。

 それに対して、シエラはインベントリから錬金術ギルドの会員証を差し出す。


「これで居住資格を得られると聞いたが、問題ないかの」

「確認させていただきます。……はい、シエラ様、ですね。確認いたしました。それでは立地や予算等、条件をお聞かせください」


 受付嬢は何かの魔導具と思われるアイテムで会員証を確認したあと、シエラに会員証を返却する。その魔導具の魔力の流れから、おそらくこの手の会員証には特定の魔力パターンへの反応で偽造対策をしているのだろうな、とぼんやり推測する。


「予算はこのあたりじゃな。……立地はどこでもいいのじゃが、ある程度広さがあると嬉しいのう」


 シエラはあらかじめ用意しておいた紙を差し出す。そこには用意できる予算や希望する建物の形態等を大雑把に記していた。


「ありがとうございます。それでは条件に合う物件を検索いたします」


 そう言った受付嬢は、机の横に用意していた短杖を手に取り、何かの魔法を詠唱し始める。

 シエラには全く聞き覚えのなかった詠唱文なのだが、内容はかなりシステマチックな雰囲気だなと感じる。

 そして、受付嬢の魔法が成立したと同時に、壁一面の本棚から自然に何枚もの紙がするりと抜け出て、風に舞うように空中を滑り、受付嬢の手元に集まって一つの紙束を形成した。


「ほう……これは見事じゃな。データベースの検索魔法などというものもあるのかや……」

「その通りです。王都の物件の数は膨大で、人力での管理は不可能ですので、魔法を使用して検索をかけているんですよ。……ということで、こちらが検索結果になります。ご覧ください」


 得意魔法なのか、嬉しくなって解説し始めそうになったのを留めて仕事を再開する受付嬢。

 シエラとしてはそのまま詳しい解説を聞いてみたいところではあったが、ひとまず受け取った紙束に目を通す。

 資料はそれぞれ、物件の場所や値段といった基本的な情報から、間取り図や外観のスケッチなどなかなかに充実していた。このファンタジックな世界の情報管理にそれほど期待していなかったシエラとしては、かなりの驚きとありがたさを感じていた。

 これならば、書類からだいたいの目星をつけて数件実際に下見すれば決められそうである。

 

「ふむふむ、それではこれとこれ……あとこれを下見させてもらえるかの」

「かしこまりました。それでは身分証と引き換えという形で、キーをお渡しいたします」

「うむ、わかった。頼む」


 そうしてシエラは錬金術ギルドの会員証を渡し、三軒分のキーを借り受けたのであった。




「うーむ、やはりここが一番良いかのう」


 シエラは三軒目に訪れた家の中でそれぞれを思い出していた。

 一軒目は、やや小ぶりな二階建て。陽の光が入りにくいのが難点だが、築年数も新しく小綺麗な印象であった。ただ、炉を構えると思ったより狭くなりそうだなという印象であった。

 二軒目は、一軒目よりも広く、さらに小さな庭まで付いているなかなか贅沢な立地であった。ただし、大きな難点が一つ。


「まさか、大きな鍛冶屋が近所に二軒もあるとはのう……」


 その近所には王都内でも老舗とされる鍛冶屋が二つもあり、その周りにも鍛冶屋の従業員等が多く住む区画だったのである。

 通りを歩くだけでもなんとなく緊張感のようなものを感じたのだが、そこに新参のシエラが炉を構えたらどうなるか。あまり想像したくないような雰囲気であった。


 そしてこの三軒目。

 広さは一軒目と二軒目の中間といった雰囲気で、小さな庭付き。

 三階建てのなかなか立派な建物なのだが、築年数が古めということでシエラにも手の届く価格帯に収まっているようである。


「ふむ……外装や装飾など、なかなか洒落たところもあるし、よいではないか。周りも閑静な住宅街であるし……ん? いや……」


 三軒目の購入を決断しそうになっていたシエラは、ふと気付く。閑静な住宅街というのは家を店舗にすることを考えると実は不向きなのではないだろうかと。

 思えば、二軒目の下見をしにいく道中にも、武器を身につけた冒険者の姿を多く見たような気がする。うまくやれば、そこから溢れた客を自分の店に引き込めるのではないか。


「いやしかし……あの場所に……うーむ…………」


 そうして悩みながらしばらく唸っていると、お腹が小さく鳴る。


「まあ、一旦夕飯にしてから改めて考える、かや。考える時間は必要じゃな……」


 大きな買い物に焦っていい方向に転んだ試しのないシエラは、一度保留してみることにしたのであった。 

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