40.おおもの


 それは、八番雑素材倉庫の中央に鎮座していた。

 まず手前に、超大型の黒光りする亀の甲羅がある。

 ただその表面はかなり重厚感があり、大きな棘がいくつも備わっている。

 脇には切り分けられた肉塊が山になって積まれている。

 

「……大きすぎるな」

「甲羅だけでも高さが三メートル、全長十五メートルはありますね……。私も、解析できないレベルの魔物のようですが」

「ふむ、わしもパッと見ではわからんとは……解析魔法をかけるか」


 そう言って、魔法を詠唱するシエラ。

 ゲーム時代、自分と同レベル帯かそれ以上の魔物は倒すまで能力が判別できず、また倒した後も生産職の者たちが覚える解析魔法を使わなければどういったものかわからないという仕様があった。

 一度解析してしまえば同じ種別の魔物は次から戦闘中にも能力値や現在の状態がわかるようになるのだが、戦闘系職種の者たちは自身で解析することができないため、解析した情報を記した巻物スクロールの販売は生産職のわりのいい稼ぎになっていたのであった。

 その仕様はこの世界にも受け継がれているようで、未知の魔物ということもありシエラにも全くその内容がわからない。

 

「……《解析アナライズ》、と。……なんじゃこれは……」


 解析結果は、この魔物が『古代遺宝獣亀《エンシェント・アーティファクト・インテンスタートル》』という種族名だと告げている。

 名前の大仰さからも伝わるとおり、この魔物はかなりの格を誇るようだ。

 レベル的にはシエラたちゲーム時代のカンスト組から一段か二段劣るといった程度である。

 しかしそれでも明らかに能力値は大ボスクラスであり、生産職しか持たないシエラ一人では逆立ちしても討伐できない魔物である。

 シエラたちであればある程度までの魔物であれば見ただけで解析できてしまうというのに、解析魔法まで必要になってしまうわけである。

 

 その解析結果を巻物スクロールに転写し、リサエラとエストに渡す。

 それを読んだ二人は同じような顔で驚きを表現した。

 

「見た目から察してはいましたが……ここまで大物とは」

「シエラ様、リサエラ様……、チクワ様は、まさかこれを単独で……?」


 エストにそう尋ねられたシエラは、渋い顔で首を捻った。

 

「うーむ……普通ならばパーティで討伐するような獲物だが、奴ならばやりかねんのう……別段ハナビと協力しているというわけでもないようだし」


 ちなみに、シエラは鍛冶職を極めた特典として、素材に解析魔法を使うとその素材の損傷度が同時にわかる。

 その情報によれば、黒光りする大きな甲羅には全く傷はなく、他の部位を攻撃して倒したのだということがわかる。

 倉庫には頭部にあたる部位は保管されていなかったので、おそらく首を刈り取ったのだろう、という想像はできる。

 

「あやつ、バーサーカーぶりに磨きがかかっておるな……。というか、この倉庫はこの間まで空だったはずなんじゃが、いつの間にこんなことになっておるのかの……」


 シエラが「こんなこと」と言いつつ倉庫を見渡す。

 その床や棚には、種族、強弱、大小様々な魔物の素材が山になって積み上がっている。

 ひと目見ればその性質がわかるものからかなりの価値を秘めていそうなものまで様々だが、注目すべきはこれらがすべてあの地で産出したものだといういことだ。

 冒険者たちの戦闘能力やレベルからそれほど高レベルな存在はいないのかと半ば思い込んでいたのだが、どうやら油断ならないものもしっかりと存在しているらしい。

 現状では特に危険な場所に行くつもりはないのだが、覚悟と注意はしておこうと思う次第である。

 

 

 

「……さて、本命はこの奥か」


 古代遺宝獣亀の甲羅が巨大で倉庫の奥までは見えていなかったのだが、本当によく見ておくべきなのはもう一方、竜種(仮)のほうだろう。

 そう考えつつ、鎮座した甲羅を迂回して倉庫の奥へと歩を進め――

 

「――、これは、なんと」


 シエラは口を開けて固まっていた。

 倉庫の奥のスペースを大胆に占拠していたのは、先程の亀よりも明らかに巨大な、あまりにも重厚な存在感の亡骸。

 それは、二対四枚の翼を持つ、白亜の竜であった。

 

 受ける印象は、先の古代遺宝獣亀より明らかに格上。

 《解析アナライズ》をかけないと中身は全くわからないが、とんでもない獲物ということは理解できる。

 それにしても、首元に大きな穴が穿たれている以外は非常にきれいなままの状態で、先程まで生きていたのではと思わせるほどの存在感だ。

 

「――《解析アナライズ》」


 魔法を唱えてしばらくすると、青く透明なウインドウが眼前に展開される。

 巻物スクロールに転写しつつ、読み上げる。

 

「種族、竜種。個体名、古代上級白鉄超竜《ザ・ホワイト》……ふむ、漢字名と読みが等しくないのはこの世界でどういう意味があるのかわからないが、シンプルな響きじゃな。ザ・ホワイト……か」


 ただし、驚くべきはその先の内容であった。

 

「レベルは――、なんじゃと? ……わしらより二つ上だぞ、こやつ」


 シエラたち《エレビオニア》のプレイヤーキャラクターのカンストレベルは三百ちょうど。

 それに対して、ザ・ホワイトのレベルは三〇二とある。

 ゲーム内では上下十レベル程度の差であればプレイヤースキルや装備の差で十分に勝利できる対象ではあったが……

 

「シエラ様、これは……」

「うむ、これはとんでもないものを……。しかし、これはわしらには福音かもしれぬな。この世界ではもしやすると、わしらにもレベル三百を超えられるのではないだろうか」

「その可能性はありそうですね。そうなると、ますます油断できないということにもなってきますが」

「そうじゃなあ……わしら自身にしろ天空城の防備にしろ、ゲーム時代の強さを過信するわけにはいかなさそうじゃな」


 それにしても、眷属NPCが成長できることがわかったり、自分たちにも成長の余地が見出されたりと、今日はなかなか実りの多い一日である。

 せっかく自分のキャラクタースキルを自身の能力として振るうことができるのだから、成長できるというのはやる気がわいてくるというものである。

 

「しかしこの竜種素材はかなり上等じゃな、加工によっては今の装備を上回るものが出来てしまいそうだ……」

「どういった用途に使えそうですか?」


 リサエラの問に、シエラは脳内で想像をふくらませる。

 

「どうやらザ・ホワイト表皮の鱗は鱗というより、白い金属を纏っているようだ。これが単体で使えるものか何かと合金にしたほうがいいのかわからないが、かなりいい金属素材になりそうじゃな……。あとは肉、骨、皮それぞれ上質なようだし……、ん?なにか妙な反応があるな。これは……中央か?」


 巨体の翼の下をくぐって、胴体付近を探る。

 解体包丁代わりの最高硬度の刃を白い金属の鱗の間に入れて、切り開く。

 流石に死体なだけあってシエラでもなんとか解体できるようではあるが、それにしても強靭な皮と筋肉である。

 しばらく切り進めていくと、シエラの探していた反応はあった。

 

「……これは、心臓……か?」


 取り出されたのは、白く半透明な、淡く光る巨大な宝石――のような塊であった。

 重い上にかなり大きく、小柄なシエラでは両腕で抱えてやっと持てるほどの大きさである。


「心臓のようにも見えますし……核、と言ったほうがよさそうな雰囲気にも感じます」

「核……たしかに、それがぴったりじゃな。あまりに濃密な魔力を感じるな……もしかすると、魔石と同様にこれも凝縮した魔力が物質化したものなのかもしれぬな」

「これは……何かに使えそうですか?」

「うむ……使いみちはありそうだが、これだけの大物となると慎重に扱ったほうがよさそうじゃな。ひとまず保留としておこう。ひとまずは、白い金属――竜の名前からすると白鉄と言えばいいのか、こやつの性質調査からじゃな。一作目はチクワの刀でも打ってみるとするか」


 まったく面倒だ、という顔をしてはいるが、実のところ久々に見る未知の素材にシエラのテンションはかなり上がっていたのであった。

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