41.そのころやつは
――深い闇の底。
一切の光が届かない洞窟の奥底に彼は到達していた。
「……この奥、でござるかな」
和装に大小二振りの刀を帯びた侍風の男が、両の目を閉じたままつぶやく。
「しかし、ダンジョン内が強制的に暗闇状態付与とは、参るでござるな」
この男――チクワはつぶやきの通り、このダンジョン内に入ってから三時間、全く視界が効かない状態なのだ。
正確には、暗闇状態とは一メートル先までは見えるが、そこから先は完全に暗闇になるというもの。
ただこの洞窟は完全に光源もないため、実質何も見えていないのと同じである。
最高級ポーションを使用してもダメということは諦めるしかなさそうだ。
ということで、目を開けていてもいなくても同じだろうと割り切って、チクワはずっと目を閉じて視覚以外の感覚を使って探索及び戦闘をこなしてきたのであった。
「そういう
シェルマスなら有用な鉱石も判別できるのだろうが、技能を持たない自分では全く判別がつかない。
そもそも自身に暗闇がかけられているこの状況では採掘をすることすらままならないのだが。
周辺で調べた伝承によれば大昔に魔石鉱として使われていたらしいのだが、溢れ出る魔力があまりにも強すぎて
状態異常に加え高レベルの魔物が多数出没するということでもはや近付く者すらいないという話である。
「む……これは扉か。鍵穴に先程見つけた鍵を差し込み……よし、合っていたようでござる」
ガチリとはまった鍵は扉から抜けなくなってしまったが、代わりに扉は開いた。
開いたあとで「この程度の厚みの金属扉であれば斬って開けられたな」とも思ったが、こういうものは手順が大事なのだ。
せっかくゲームマスターが用意してくれたギミックは余すこと無く楽しみたい、というのが根っからのTRPGゲーマーたるチクワの信条であった。
そして、重厚な扉がゆっくりと開ききる――のを待たず、鋭い気配が彼に襲いかかる!
「っ!」
依然目を閉じたまま、気配だけを頼りに横に小さくずれて攻撃を躱す。
鼻先をかすめた攻撃の正体は――剣による刺突。
直接目にしなくとも、チクワには鋭利な刃がありありと感じられている。
むしろ、このダンジョンを目を閉じて攻略しながら、安易に視覚を用いないことで物事の本質が見えてくるのではないか、とすら感じていた。
突き出された剣が引くのを待たず、扉の空いた隙間から滑り込み、気配の元へと走る。
敵の武器があの剣だけであればこれでカタがつく、そうでなければ――
「よ、っと」
チクワがゆらりと身を捩ると、先程まで身体があった空間に剛速の突きが叩き込まれる!
「これで単純な武器では難しいと悟っただろう、では次は――」
敵の動く気配に先んじて、チクワが液体の入った小瓶を手前に投擲する。
小瓶は地面に当たる前に破裂し、その空間に不可視の壁を発生させた。
その壁ができると同時――前方から無数の魔法が殺到し、その壁に当たって爆発を起こす。
「飛び遠具での飽和攻撃――予想通りすぎてつまらぬが、仕方なしか」
投擲した小瓶は短時間魔法攻撃に抵抗する障壁を発生させる魔法防御障壁ポーション。これもやはり
高レベル帯に限らないが、冒険者の戦いに魔導具は必需品。十分なアイテムを用意できるというのは勝利を引き寄せる近道であり必須条件である。
その点自分はシェルマスに恵まれた、と感謝せざるを得ない。
(うっかり口に出すとあのシェルマスは露骨に調子に乗るので言わないようにしている)
「まずはその腕――貰い受ける」
チクワの感知した敵の姿は、蜘蛛の身体に人間の上半身を組み合わせたような、八足二腕の異形。
彼が一つ踏み込むとその姿が一瞬で消え――銀の光が閃く!
遅れて、武器を持った長大な二本の腕が地面に落ちる音と、魔物の絶叫。
「まだやれるだろう、魔法でも体当たりでも、足掻いてみせるでござるよ」
そう言って悠然と佇むチクワ。
彼が魔物に戦いを挑む理由はただひとつ、自身の修練である。
己はどこまでやれるのか、どこまで高みに行けるのか。
それを確認するために、相手の技の全てを見、全てを受け、その上で破る。
「さあ、やるでござ――、っ! その波動は……自爆か!」
そんな彼に対して取った魔物の行動は――自身に残った魔力を全て用いた自爆攻撃であった。
胸元の核に莫大な魔力が集中していき、圧縮された魔力は単純な熱量へと――
「させんでござるよ」
次の瞬間、その胸元には鈍色の刀身が突き刺さり、核を真っ二つに割り砕いていた。
「……沈黙したか。敗北を悟って自身諸共という思想は関心するが、それをやられるとシェルマスへの土産がなくなるのでな」
つぶやいて、魔物の死体を軽く小分けにし、インベントリに収める。
「新たな学びもあり、今回も良い実戦であったな。さて、一度城へ戻るとするか。そろそろ……シェルマスとも話しておきたいしな」
そろそろ以前の素材で有用な装備や魔導具を作っているかもしれないでござる、と物欲本位でつぶやきリコールを唱えたのであった。
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