17.彼らの給料は


「それでは、最後にエルマより改めてまとめさせていただきます」


 天空城管理総括という、眷属NPCの中では最も位の高い役職なだけあって、エルマは落ち着いていて、なんというか貫禄のある雰囲気だ。

 

「天空城《アルカンシェル》各設備は、報告の通り全て問題なく稼働中となります。地下迷宮については防衛部より選抜部隊を編成し、調査に向かわせます。また、現在天空城がどういった場所に位置しているか不明なため、これも調査が必要です。……この点に関して、わたくしから提案させていただいてもよろしいでしょうか」

「うむ、何も遠慮はいらん、言うてみよ」

「ありがとうございます。周辺地形に関して、眷属の中から飛行能力を持つものを選抜し、周辺地理の把握をしてはいかがでしょうか」

「うむ、賛成じゃな。……だが、内から眷属を出す場合、その間は天空城外郭の認識阻害結界を解かねばならんのではないか?」

「その通りです。ただその点は、出発時間と帰還時間を厳密に定めておけば、それぞれ解除する時間は数秒間で済みますので、リスクは最低限に抑えられるかと思われます。結界の停止と再発動に伴う魔力コストについても、《世界の心臓》から供給される余剰エネルギーで十分まかなえる範囲です」

「なるほど、完璧じゃな。ではそれはおぬしに一任する、定期的に経過を報告してくれればよい」

「はっ、必ず成果を出してご覧に入れます」


 うむ、と頷くシエラ。

 正直なところ、そこまでかしこまらなくてもいいし、丁寧にしてくれなくてもいいのだが、そう言っても聞き入れられそうな雰囲気ではない。

 彼女たちが無理をしていなければいいのだが、と少し心配になってくる。

 

「エルマ、一応聞いておきたいのだが、おぬしらは《リコール》は使えるのかや?」

「いいえ、《リコール》は救世の英雄にのみ使える神の御業と聞いております」


 想像通り、やはり眷属には《リコール》は使えないようだ。

 救世の英雄というのは、《エレビオニア・オンライン》に存在した設定で、プレイヤーたちのことを指す。

 あの世界ではプレイヤーは戦乱の世を鎮めるべく神から召喚された英雄、という設定だったはずだ。

 ……実際のところは、プレイヤーたちが好き勝手にゲームを楽しんだ結果、戦乱は広がるばかりで平和になることなくサービス終了を迎えてしまったのである。

 

「なるほど……わしの護衛に誰か連れていければと思ったのだが、リコールが使えず天空城の位置もわからぬとあってはなかなか難しそうじゃな……」

「我が身至らず、申し訳ありません。シエラ様をお一人で見知らぬ地に送り出すのは私たちとしては心苦しく、またお勧めできないのですが……」


 答えるエルマは、本当に申し訳無さそうだ。

 

「そ、そう気にすることはない。第一おぬしらのせいではないのだ。まあわしも無理をするつもりはない、気長に待っておればよいぞ」

「はい……。ですが、天空城の地理把握を急がせ、早急に空路で応援に迎えるようにいたしますので!」

「それは心強い、まあおぬしらも働き過ぎぬようにな。……そうじゃ」


 シエラふと思い出してはぽんと手を叩く。


「おぬしら、働きの報酬には何を臨むのかの」

「報酬……ですか?」


 エルマが答えると同時に、全員が揃って呆けた顔をした。

 

「いや……ほれ、いるじゃろ、報酬、給料、ペイ。ちゃんと働いている者には対価が必要であろうに。相応しいと思うものを順番に言うてみよ」


 シエラが首を傾げながら問う。

 

「私は、この城でシエラ様にお仕えできることが至上の喜びです。それ以上のものは何も求めません」


 エルマが淀みなく発する。

 

「私も、望みはございません。地下工房の設備が美しく保たれ、皆様に使っていただけることが私の幸福です」


 エルムも笑顔で答える。

 

「私はこれからもずっと、かの輝かしい資材倉庫を管理させていただければ、ほかは何も」


 エストの顔はうっとりとしている。

 

「私は、天空城の防衛を任せていただいていることで常にお役に立っている喜びを感じております。他に何が要りましょうか、いいえ、必要ありませんとも」


 ゼンがオーバーリアクションで。

 

「私はシエラ様や《アルカンシェル》の方々のために自らを鍛え、部隊を鍛えることが最高の喜び」


 エビテンがはっきりと言い切る。

 

「……はあ……そうかや……。まあ金を支給しようとこの天空城では使いみちもないしな……。ふむ、ひとまずはこの話は保留としておくが、各員くれぐれも働きすぎるでないぞ、ほどほどに休め。――ブラックはよろしくない」

「はっ、徹底させます」


 そう答えるエルマに、本当に意図は伝わったのだろうか……と不安になるシエラであった。

 

「それでは今回は以上としよう。……都合がよいし、定期報告を兼ねて七日に一度はこのメンバーで報告会を開くとするか。さて、わしはこれよりしばらく地下工房にこもるのでな、何かあれば呼んでくれ」


 そう言い残して、そそくさと会議室を後にするシエラ。

 ギルドシェルマスターとはいえ、一般的な生活を送ってきた普通の小市民としては部下にずっと片膝をつかせているところに長居するのは居心地が悪かったのである。

 次からは会議室に机と椅子で擬似的な円卓を作っておこう……と心に決めたのであった。

 

 

 地下工房に入ると、いつの間に先回りしたのか、エルムが入り口に控えていた。

 

「いらっしゃいませ、シエラ様。局所冷却のワンドを用意いたしましたので、シエラ様が作業をされる間、私がシエラ様をサポートいたします」

「おお、気が利くのう。助かる」


 そう答えると、エルムが杖を構え、魔法を発動する。

 ワンドというのは単一の魔法を込めた魔法発動体で、その魔法が使えない者でも装備している間は込められた魔法が使えるという魔法具だ。(無論本人の魔力MPは相応に必要になるので、魔力を持たない純粋な物理戦士は使用できない)

 エルムは確か火属性魔法と剣術に技能を振った魔法剣士構成だったはずなので、この杖を装備することで氷属性の局所冷却が使えるようになるという寸法だ。

 局所冷却といってもそれは正式名称ではないのだが、要は狭い範囲の空間を冷却する、冷房のようなものである。

 出力を上げれば冷気属性のダメージを与えることもできるが、出力を絞れば、涼しい空間を発生させることができる。

 

「なるほど、これはよいものだ……地下工房は熱くてかなわんな。……ん? おぬし自身も範囲に含めぬのか?」

「いえ、私は炎熱耐性を常時起動しておりますので問題ありません」

「……なるほど、炎系ダメージを軽減するバフだと思っていたが、そういう使い方もできるのか……。生活面の活用法については、わしもいろいろと研究が必要そうじゃな」


 ゲーム時代には、空気の暑い寒いという感覚はなかったし、もちろん汗をかくわけでものどが乾くわけでもなかった。現実になってしまった今、このあたりの生活に関わる魔法の活用については、かなり研究の余地があると感じる。

 例えば氷雪耐性の付与された衣服などは、ゲーム時代は無用な弱小アイテムだったが、一般市民にとっては防寒具としての需要があったりするのではなかろうか。

 もしかすると、そういった便利な魔道具に関しては現地に既に多く存在するのかもしれない。市場調査をしてみるか、とシエラは少し心に留めた。

 

「……ふむ、まあそこはあとあと考えるとして、《白の太刀》の武器作り、始めるとするかの」


 気合を入れると、多少遠回りになっていた本題へ臨むのであった。

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