12.ふつかめのあさ


 ……異世界生活、二日目の朝だ。

 

 柔らかいベッドは寝心地もよく、十分な睡眠とすっきりとした目覚めを迎えることができた。

 そもそも、シエラの肉体自体がかなり高性能なので、そのおかげということもあるかもしれない。

 

 着替えを済ませ、背伸びをしつつ食堂へ降りると、食堂には既に《白の太刀》の面々がテーブルを囲んでいた。

 

「おや、早いのう、おぬしら」


 約束の時間にはまだ2時間はあろうかという早朝だ。


「おうよ、準備は入念に、ってな」


 振り向いたゲラリオが布で拭き手入れをしていた弓を掲げてみせる。

 見れば、他の面々も各々の装備を手入れしている様子であった。

 テーブルの上には朝食の代わりに、塗り薬や包帯、ポーション等の消耗品が並べられている。

 

 なるほど、確かにこれはゲーム時代にもよく見た光景だ。

 納得して、シエラはカウンターによじ登る。

 

「店主、朝食を頼む」

「はいよ。おはようシエラちゃん、きみも朝早いんだね」

「まあの。早起きは三文の徳と言ってな」

「三文……? まあいいや、朝食セット、お待ちどうさま」


 出てきたのは、麦飯とソーセージとサラダ、スープという組み合わせだった。

 なるほど、この宿では麦飯が基本らしい。

 街の雰囲気から、主食はパンなのかと思っていたが、ご飯が食べられるというのは元日本人のシエラには嬉しいものだ。

 

「うむ、やはり美味い。飯、おかわりをもらってもよいかな」

「了解。見た目によらず、朝からよく食べるなあ」

「何を食べても美味いおぬしの宿が悪いのじゃぞー」

「ははは、それはどうも」


 にんまりと笑いつつ、おかわりの麦飯を受け取る。

 美味い飯というのはいいものだ。

 

 朝食を食べきって、満足を感じつつ黒茶をすする。

 

「さて、わしも準備をするか」


 と言っても、やることといえばインベントリの中身を確認するだけだ。

 ポーションの類が揃っていることを確認し、再整頓を実行。更に後ろのほうから爆弾を何個か実体化し、腰のポーチに入れる。

 この爆弾は、シエラが城に転移したときに取り出してきたものだ。

 爆弾と言っても、見た目は太めの試験管に、導火線が飛び出したような形状だ。


 これこそが、錬金術師の戦闘時のメインウェポン。

 まあそもそも錬金術師は戦闘をする職業ではないのだが、戦闘が必要な際には、自身の作成した爆弾を多用するのである。

 パーティ内の他のメンバーも使用はできるが、錬金術師が使うことでダメージボーナスを得られる専用武器のようなものだ。

 今回も過剰な攻撃力を見せないよう、主に採掘用途としての需要が高い初級の爆弾を持ってきたのだが、また驚かれても困るので必要がなければ使わないでおこう、と心に決める。

 

 あとは最初の戦闘でも使用した白銀の大剣《ソード・オブ・アイオライト》をインベントリから実体化し、背負って完了である。

 その様子を見ていたアカリが反応したのは、ある意味当然といったところか。

 

「シエラさん、シエラさん! その大剣は……!?」


 口を大きく開けたアカリが目を輝かせている。

 

「ん? ああこれか、こいつは私の獲物じゃな。まあ今日はおぬしらがおるから使う機会はなさそうじゃがな」

「すっごく綺麗な装飾ですね……それに、見たこともない質感の素材……、ちょっと、触らせてもらえませんか……!?」

「ああ、構わぬが……」


 シエラは背中から大剣を抜き、柄を差し出す。

 

「アカリ、おぬしは槍が専門なのでは?」


 聞いたシエラに答えたのは、興味がなさそうな顔で魔術杖を磨いていたアースリだ。


「こいつは、強い武具に目がないんだ」


 アースリに言われて、アカリは頬を染める。

 

「わ、私はただ強くなりたいだけで……と、それじゃあお借りしま――お、おも……!?」


 柄を握ったアカリだが、シエラの手が離れた途端、取り落としそうになる。

 自身の体験したことのない重量の武器だ。

 それに、この武器はアカリの知っている大剣とは更に違う点があった。

 重量バランスがかなり先端に寄っており、およそ大剣というより、槌か斧と思ったほうが扱いやすそうな程である。

 

「そんなに重いの? 私も持たせてよ」

「どうぞ……っと」


 アカリがやっとの思いでアケミに大剣を渡す。

 それを受け取ったアケミは、待ち構えていたにもかかわらず、盛大によろめいた。

 

「う、うわっ、これ、おもいね……」


 それでも、普段から大きな金属盾を片手で振るっているアケミは、アカリよりも上半身が鍛えられている。

 両手で柄を持つと、なんとか支えて構えることができた。

 

「すっごーい……、しっかりしてるし、それにとっても強いのがわかる……私には実戦で振るのは難しそうだけど……。シエラちゃん、いつもこんなに重い武器使ってるの?」


 アケミから戻された大剣を握って、軽く一振りしてみせる。

 

「ほれ、この通りじゃ。鍛冶屋は筋力がないとやっていけない仕事じゃぞ」

「すごいですね……って、鍛冶屋、ですか……? 錬金術師ではなく?」


 アカリが尋ねる。

 

「ああ、わしは錬金術師であると同時に鍛冶師じゃからな。武具は素材のうちから錬金術具で付与をすると強力なものになるのでな、効率がいいんじゃよ」

「へー、そうなんですね……そういった話は初めて聞きました。って、その大剣もシエラさんが!?」

「もちろんだとも。わしの知る限りだと錬金術と鍛冶というのはまあまあ主流な組み合わせじゃからな、この街におらんでも他の地にはよくおると思うぞ」


 へえー、と感心する双子にドヤ顔でうなずくシエラ。

 実際、ゲーム時代にも錬金術師と鍛冶師の組み合わせは比較的人気のある職業の組み合わせだった。

 欠点としてはほとんど戦闘能力がなくなるため、シエラのように素材を他の人間から入手する経路を持っているか、戦闘能力の必要ないセカンドキャラとしての運用が必須なことだ。

 戦闘能力についての問題がクリアできれば、経験値は鍛冶と錬金で稼げるし、能力を万全に生産のために使うことができる。

 プレイヤー間で、条件さえ整えれば理想的な組み合わせと言われていた所以であった。

 

「私、シエラさんの打った武器が欲しいです……!」

「私も欲しいなあ、お姉ちゃんのと一緒に作ってくれない?」

「そんなにいいものか。じゃあ俺も欲しいな」


 姉妹にのっかって、ゲラリオも手を挙げる。

 アースリは、仕方ないなこいつらという目で諦め気味だ。

 

「ふむ、まあよかろう。……では、おぬしらには自身の武器の素材が取れる場所を案内してもらおうか。金属が必要じゃから、鉱山でもあればよいのだが」

「なるほど。それであればグランリット鉱山か。ちょっと遠いがまあ日帰りで行けるな。それじゃあしっかり鉱石掘って、いっちょいい武器作って貰おうぜ!」

「おー!」


 三人が腕を掲げて気合を入れる。アースリにしても特に嫌がっているような表情ではないので、付き合いが悪いわけでもないようだ。

 いいパーティなのだろうな、とシエラは微笑で見守る。

 

「よし、ではそろそろ時間か。頼めるかな、《白の太刀》の諸君」

「任せてください、シエラさん!」

「まかせてよ!」

「……問題ない」

「おっしゃ、行くか!」


 

 そうして、シエラと《白の太刀》は鉱山探索へ向かったのであった。

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