13.いざグランリット


「そういえば、おぬしらに刀使いの者はおらんようだが、なぜ《白の太刀》なんじゃ?」


 鉱山前の街への馬車に乗った道中、シエラは疑問に思っていたことを訪ねた。

 彼ら4人の構成は弓、魔術、槍、盾と剣。太刀を使うメンバーはいない。

 それを聞いたゲラリオは、少し寂しげに苦笑した。


「ああ、それか……俺たち、5年前までは5人組だったんだよ」

「ふむ」

「あいつはうちのリーダーで腕の立つ太刀使いだったんだが……、死んじまったんだ。まあ俺たちみたいなのにはよくある話だよ」


 苦笑するゲラリオの顔には苦いものが混じっている。

 見れば、他の者たちも同じような表情だ。

 

「……あー、すまんな。答えにくいことを聞いてしまった」

「いや、いいんだ。もう昔の話だ。今は4人で上手くやってるし。誇張じゃないんだが、冒険者ギルドで《白の太刀》を知らないやつなんていないんだぜ」


 ゲラリオが清々しい笑みを浮かべてみせる。

 

「リーダーの言ってることは本当なんです。自分で言うのも恥ずかしいですけど……魔物関連で大きな事件が起きたときにはギルド長から直々に依頼があったりもして」

「あれは骨が折れたがな……」


 アカリの話に、その時のことを思い出したのか疲れた顔で頷くアースリ。アケミはといえば馬車の揺れと波長が合ったのか、大きな金属盾にもたれてこくりこくりと船を漕いでいる。

 なるほど、実際彼らの雰囲気も決して駆け出しというものではないし、入念な打ち合わせや準備の様子を見ていると手練という感じもする。どうやら今回の探索は安心して臨めそうである。


 そうして世間話をしているうちに、前方に街が見えてきた。

 時刻は昼前といったところだ。

 

 鉱山と思われる大きな山々と、その周りに建物が集まっているのが特徴的だ。

 ほうぼうの煙突から煙が立ち上っているところを見ると、鉱山町であると同時に鍛冶の盛んな場所でもあるらしい。

 やはり街ごとにカラーが違うな、と楽しみになってくる。

 

「じゃあ、どっかで昼飯を入れてから探索開始としようか」

「うむ、了解じゃ」


 この世界に来てから、シエラは食事が楽しみでたまらない。

 ゲラリオの提案に一も二もなく頷いた。

 それを見たゲラリオは、目の前の少女に対する印象を多少更新していた。

 普段はどちらかというとクールな雰囲気で、美貌も相まって近寄りにくいところがあるのだが、食事の話をするときや褒められたときなどは、年相応な雰囲気で笑うのである。

 (不思議な女の子だなあ……)

 ゲラリオがそう思っている間に、馬車は街へ入っていったのであった。

 

 

「うむ、うまい……!」


 シエラが絶賛しているのは、大きな串肉である。

 このあたりで有名だという酒場に入った一行は、名物だと推された鹿肉に舌鼓を打っていた。

 正確には鹿ではなく、この世界に生息する鹿に似た生物なのだが、シエラの印象は非常に鹿に近いものであった。

 塩と胡椒のみのシンプルな味付けが、肉本来のうまみを存分に引き出している。

 

「本当ですね。グランリットにはしばらく来ていませんでしたけど、やっぱりここのお肉は絶品です」

「うん、おいしくてつい食べ過ぎちゃう」


 双子も身体を動かす前衛職なのでかなりカロリーを使うらしく、なかなかの健啖家だ。

 ゲラリオもよく食べるほうだが、アースリは唯一食が細いようで、少しずつ串肉をかじっている。

 


「よし、じゃあいよいよ探索開始だな。坑道探索許可証ももらってきたし、万全だ」

 食事を終えて、ついに一行は鉱山の入り口にやってきていた。

 ゲラリオが首から下げているのは、紐につながれた金属の板。グランリット鉱山の探索許可証である。

 安全のため、この鉱山には一定ランク以上の冒険者しか入れないのだという。

 

「まあ、上層はともかく下層には魔物が出るからな」

「坑道に、魔物?」

「ああ、このへんは魔化された鉱石の産地なんだが、空気中の魔素は金属を魔化するだけじゃなく魔物を発生させる効果も持っている」

「なるほどのう」

「ここに魔素が集まりやすいのは地下深くに巨大な魔龍脈が通ってるから、なんて研究もあるが――っと、そろそろ行くか」


 ゲラリオのうんちくを聞きつつ、坑道の入り口をくぐる。

 若干埃っぽいが、坑道内は思ったよりも静謐で、空気が冷えている。

 

「さっき確認してきたが、このあたりの区画には俺たちしかいないらしい。何かと出会ったらだいたい魔物ってことだな」


 ゲラリオは気楽に笑うが、そこは笑うところなのだろうか。

 ただ他の三人も特に緊張している様子はないので、シエラもあまり考えすぎないようにしておく。

 

 少し進んだところから、下層に直接降りるために作られたという階段を降りる。

 なかなか急な階段だが、現実の足場板のような模様が凹凸になった金属板が貼られており、思ったよりもしっかりしている。

 

 階段を降りきり、金属製の重い扉を開けると――空気が変わった。

 

「ほう、これは……」

「シエラちゃんにもわかるだろ、この空気……魔物の巣食う場所の空気だ」

「それじゃ、ここからは私たちが先頭ね。よろしく、お姉ちゃん」

「はいよー。シエラさん、私に任せといてください!」


 そう言いつつ、彼らは滑らかに陣形を組み替える。双子が先頭に立ち、後ろにアースリとゲラリオ、その間にシエラという格好だ。

 どうやら、こういった護衛依頼にも手慣れているようだ。

 

 インベントリから青く透明な刃のピッケルを取り出したシエラは、ところどころで立ち止まって壁を削っていく。

 よほどピッケルが高性能なのか、スコップで土を掘るような気軽さで壁に穴が穿たれていく。

 

「あったあった、これじゃ」


 シエラが取り出して見せたのは、ほんのりと緑がかった鉱石である。

 

「それは、緑鉄鉱……? 扱いにくい金属と聞きますが、それも使うんですか?」

「うむ、緑鉄が割れやすいとされているのは単体で使った時のみの話じゃ。適切な配合の合金を作れば、粘りの強い良い素材になる」

「へえ……、やっぱり私達の知らないことをいっぱいご存知なんですねー……」


 アカリに褒められて、満更でもない顔で頷くシエラ。



 彼女はその後も鼻歌交じりに坑道を掘り進め、2時間も過ぎた頃にはかなりの量の鉱石や宝石をインベントリに詰め込んでいたのでった。

 アカリに聞かれるたびにシエラが調子に乗って知識を披露していたので、多少時間がかかりすぎた感はあったのだが。

 

「さて、そろそろ帰るか――、ん?」


 全員に声をかけたゲラリオが、ふと何かに気付いて耳をすませる。

 

「――魔物だ。さっき俺たちがスルーした曲がり角から、3――、いや4体の反応。反応、ロックゴーレム、来るぞ!」


 ゲラリオがそう声に出した直後、通路の曲がり角から4体の影が躍り出る。

 岩で出来た巨体に、赤く光る一つ目――のように見える宝石。その手には金属を押し固めたような黒光りするナタが握られている。

 すでに敵も戦闘態勢であった。先頭のロックゴーレムがナタを大きく振りかぶり――振り下ろすことはできなかった。

 

「――やあッ!」


 それを止めたのはアケミの先制攻撃。金属鎧を装備しているとは思えない瞬発力で飛び出し、右腕に装備した大きな金属盾を構え、ロックゴーレムに打ち付けたのである。

 そのエネルギーに完全に打ち負けたロックゴーレムは、後ろの3体を巻き込んで倒れる。

 

「アースリ!」

「――ああ」


 ゲラリオが声をかけ、アースリが答える。

 アースリの持つ魔術杖の宝珠が赤く光り、魔術が発動。

 ロックゴーレムの身体が徐々に赤熱し、手足がボロボロと崩れていく。

 体勢を直そうとしていたロックゴーレムたちも、これでは立ち上がれない。


 そこに、撃ち出されるゲラリオの矢。

 美しい軌道を描いて3連射された矢は、寸分違わずロックゴーレムの頭部、赤く光る宝珠へ突き刺さる!

 

「もらったっ!」


 後ろに残った最後の一体の頭部には、突っ込んでいったアカリの槍が突きこまれ、この攻撃もまた宝珠を真っ二つに叩き割る。

 

 全ての宝珠から光が失われ、ロックゴーレムの身体が崩れていき、土に帰る。

 戦闘はものの10秒で終了したのであった。

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