3.現状把握


 整理が必要だ。

 

 仮に、もし仮にここがシエラの想像するところの異世界だったとしよう。

 にわかには信じられないことだが、今はその想定で動いたほうが致命的な判断ミスを防げるような気がするのである。

 

 まず状況の整理。

 今自分がいるこの場所に、シエラは見覚えがない。

 《エレビオニア・オンライン》も一つの”世界”を称するほど広大なマップを誇っていたゲームであり、最古参のシエラですらすべての地域を歩いたことがあるとは言えない。

 それでも平和な地帯はほとんど巡ったはずなので、記憶にないということはおそらくゲームのマップとは全く違う世界なのだろう。


 次にシステム面の確認。

 ログアウトボタンが消えていたのは確認した。他の機能はどうなっているのだろうか。

 

 指を揃えて視界の右端から滑らせ、再度メニューUIを呼び出す。

 並ぶのは、左から『キャラクター』『インベントリ』『コミュニケーション』であった。

 慣れ親しんだメニューUIからは、『オプション』と『ログアウト』が消えていた。

 

「……オプションは……まあ仕方ない、か。情報密度設定とかブラックリスト管理とかそういう機能しかなかったし……」


 つまり、オプションの内容というのはゲームの都合上必要な機能が集まったものであり、この世界を現実と仮定するなら必要のない機能であるのは確かだ。

 どうしてそうなっているのかはわからないが、その事実がより一層ここが異世界であるという認識を重くしている。

 

 シエラは残ったメニューを順に確認していく。


 『キャラクター』は、自身の能力値や装備状況を確認するメニューだ。

 表示された各種数値と、人型シルエットの周りに並ぶ装備類がもとのままであることに安堵し、ひとまず閉じる。


 次に『インベントリ』。自身の携行可能重量までアイテムを入れておける場所である。

 シエラの場合は天空城を倉庫代わりにしていたので、所持しているのはよく使う素材類や、替えの装備類といった最低限のアイテム群だけであり、空白が多い。

 この世界に自分の天空城は存在するのだろうか、その有無によって行動方針が大きく変わりそうである。

 そして資金――エレビオニアゴールド、通称EGもちゃんと持ち越していた。苦労して貯めたお金が手元にあると安心するのは人の性だが、この世界で使えるのだろうか……最悪の場合は溶かせば金としては機能するはずではあるが。


 最後に『コミュニケーション』。内部メニュー項目はメール、フレンドリストのみとシンプルだ。

 メールの項目を開くと、ゲーム内でフレンドや運営から届いたメールの履歴が表示された。

 新規メッセージを作成する項目が消えてしまっているので、この機能は使えなくなったと判断すべきだろう。

 そしてフレンドリストを……開くのを躊躇する。

 

「もし……シェルメンバーが誰もいなかったら……」


 もしフレンドリストがオフラインになっていれば、この世界には自分だけが来てしまったということになる――のかもしれない。

 こんな世界でフレンドリストが適切に機能する保証もなかったが、頼もしい仲間たちが全てオフラインになっていたらと思うと、触れかけた指が止まってしまうのも仕方ないというものだ。

 ……それでも、見てみないことには始まらない。

 意を決して、微かに震える細い手指が淡く光る半透明な文字に触れる。

 

「……っ!」


 そこに表示されていたのは、ギルドシェル12人のうち、自分を含めれば4人がオンラインという表示。

 その内訳は、偶然なのか運命なのか、最後の日に天空城に残っていた4人、シエラ、チクワ、ハナビ、リサエラであった。


「……よかった……」


 全身に入っていた力が抜け、頬に一筋の涙がこぼれる。

 よくわからない世界であっても、友人たちがいるとなれば心強いというのものである。

 

 そして驚くべきは、残りの8人にしても、オフライン表示というわけではなかったことだ。

 オンラインのプレイヤー色は白、オフラインのプレイヤー色は黒。

 そして彼らの色は――暗い青。

 

「……この表示は確か、別のデータセンターにキャラデータを引越してるときの……? ふむ……不可解じゃな」


 安心したことで、普段のロールプレイで使う口調も戻ってくる。

 彼らは果たして……遠くにいるのか、また別の世界に飛ばされてしまったのか、判然としないがこれは僥倖だ。

 

 シエラはそのままフレンドリストをスクロールする。

 ギルドシェルマスターとして多方面にコネのある彼女のフレンドリストには、シェルメンバー以外にも数百人規模の名前が記録されている。

 ただしその中身はほとんどが真っ黒――オフライン表示であった。

 ただ、白や、青になっているプレイヤーもごく少数だがちらほらと散見される。

 名前からオンライン表示の者たちを思い起こしてみたが、種族や職業、本人の性格等にあまり共通点はない。ただひとつあるとすれば、彼らが皆《エレビオニア・オンライン》のかなりのヘビーユーザーだったことだろうか。

 

「ネトゲ依存の重篤患者だけをファンタジーな世界にご招待、か……? 引きこもりには悪趣味すぎる所業じゃろ、それ」


 現実の身体の感覚を失うVR型のゲームに長時間ログインするということは、長時間寝転がれる場所に引きこもるということだ。

 そんな者たちを突然このような状況に放り出して、何が目的なのだろうか。

 それもこれも、自分たちをこの世界に放り出した何者かが存在していればの話ではあるが。

 

 

 ひとまず状況を整理して落ち着いたシエラだったが、ひとつ大きな問題があることに気付く。

 

 自身に、戦闘能力がほとんどないのである。

 皆無と言うと語弊はある。彼女は腐ってもゲーム内でのカンストレベルキャラクターだ。

 それに伴って現実世界の生身の身体とは比較できない程の能力を有しているが、言ってしまえばそれだけなのだ。

 《エレビオニア・オンライン》のプレイヤーキャラクターはメインとサブの二つの職業で成長の方向性を規定する。

 プレイヤーは職業に就くことで職業レベルに応じた能力値補正が得られ、同時に戦闘に使うスキルや魔法を習得していくのだ。

 その点で、彼女は――


 彼女は戦闘職を有していなかった。

 

 プレイヤーキャラクターシエラの職業構成は、エルダーアルケミスト/エルダーブラックスミス。

 錬金術師系最上位職業と、鍛冶師系最上位職業の組み合わせ。

 デフォルトで装備できる装備品といえば、鍛冶用の金属槌と、軽鎧までの防具のみである。

 それも戦闘職業の者たちが使うような戦闘用スキルは全く使えない。

 錬金術師はよく戦闘時に自作の爆弾を使うのだが、長らく自分で戦闘をしていなかった都合上、シエラのインベントリには一つも入っていなかった。

 

「これは、まずい……。というかカンストといっても、この世界で通用するのかわからないし……。ええっと、使えそうなものは……、そうか、これがあった……!」


 インベントリをスクロールして見つけたものは、一振りの大剣。

 取り出して実体化すると、その長さは優にシエラの身長ほどはある。

 この大剣は、シエラ自身によるもの。戦闘に関する能力は持っていないが、代わりに一つの特別な付与が施してある。


 その内容は、『武器種を槌に書き換える』というもの。


 《エレビオニア・オンライン》はかなり自由度が高いゲームで、プレイヤーが試行錯誤を繰り返すことで様々な戦術や応用技術が生まれていった歴史を持つ。

 これもその中の一つで、シエラが率先して試行していた『装備品の装備要求や種別を書き換える』という特殊な付与である。

 いろいろと試していたのだが、この付与自体の負荷が大きく、結局サービス終了までに他の付与を追加することは叶わなかった。


 それでも、この状況であれば鍛冶用に最適化された槌よりは頼りになる。

 そう考え、青や金で豪華に装飾された白銀の大剣を背中に背負い、固定する。

 戦闘用の防具がないのは心配だが、今着ている服もシエラ謹製だ。見た目よりは遥かに耐久性がある。

 

 そしてそのタイミングで、背後の草原ががさりと揺れるのを、シエラは聞いた。

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