第5話
SNS上を流れる歌。その発信元を調べ辿ると、本日の目的地が割り出されたらしい。
人里離れた町、海に面する小高い丘にぽつんと立つ白い塔。トルネード海へと昇るように。
町にはまばらに建物が点在し、長閑な牧場の青空にはもくもくとした雲が浮かび泳いで、羊の声が響いている。
塔へ続く丘の道のりは、途中から車が入れない傾斜と狭さになっていた。しょうがないので二人と一機と一匹は車を停めて登り始める。
道を囲む草むらは目線の高さまでぼうぼうと生い茂り、左右の見通しが悪い。時折、朽ち果てかけた物置や無造作に積み重ねられた大小様々な石ころなどが草むらの奥に見えた。前方には蜃気楼のようにぼんやりとした白い塔。
視線を感じる。
瀬戸口は草むらの向こうに獣の荒い息遣いを聞いた気がした。長く垂れた赤黒い舌。強い風が草木をざわざわと揺する。垣間見える白い毛並みが何匹もすれ違う。複数の交錯する視線。こちらの様子を窺うように、一定の距離を保つ気配。
じりじりとした緊張感に蝕まれながら、ふと空を見ると大きな鳥が飛んでいった。短く息を吐き、ペルラに話しかける。
「何か見張られてないか?」
「そう? まだ私達以外に誰もいないみたいだけど」
ペルラの返事はあっけらかんとしたものだった。ウルリカとともに臨戦態勢ではあるものの、この気配には勘づいていないようだった。視線を落としてきららの方を見るが、首を傾げられる。思い過ごしか、それとも。
不意に前方右側の草むらがざわざわと動き、瞬時にペルラが銃を構えた。出てきたのは目つきの悪い茶色い猫だった。瀬戸口らを一瞥し、さして興味なしといった様子で道を横切り、向かい側の草むらに消えていった。
塔に近づくと、左手には空っぽの駐車場が広がり、その奥に閉鎖された売店が見えた。
塔の真ん前に、古い型の警備ロボットが佇むように一台置かれていた。力なく地面に座り、足と腕をだらんと落としている。動かなくても人間より一回りも二回りも大きいので、迫力があった。警戒しながら近づく。
ペルラが確認するようにその機体に触れた瞬間、警備ロボットはびくりと動いた。どうやら電源が入ったようだ。
真っ暗だった瞳に微か点滅する光。口ずさむ歌、乱れるノイズ。
「あなたが愛した世界を愛そう、あなたが憎んだ世界を愛そう」
「あなたの愛した世界を憎もう。あなたの憎んだ世界を憎もう」
繰り返し流れるのは例の歌だった。聞いていると何故だか心細くなるような、胸中掻き乱されるような歌声だ。
「この歌は……」
ペルラが眉をひそめて、そう言った。視線は塔へと向けられている。
「こいつ、停止させていいのか?」
「ええ、お願い」
お構い無しに歌い続けるロボットをシャットダウンさせるべく、瀬戸口はその機体の後ろに回り込んだ。
きららが塔へ近づいた。踏み込んだ一歩が合図になってしまう。
耳をつんざく警告音が鳴ったと思ったら、二体の警備ロボットが塔の奥から躍り出てきた。人間より二回りは大きい図体で最初のものと同じタイプだ。違うのは、黒い胴体から様々な武装された腕が何本も生えていることだった。ロボットは有無を言わさず、銃口を携えた腕を瀬戸口達に向けた。
ペルラが瞬時、地面を蹴って宙を飛び一体のロボットへ打撃を加える。ぐらりとよろめいた隙に、間髪いれず銃弾を頭部にぶちこむ。ウルリカが後ろへ回り込みロボットの足元へタックルした。ロボットが崩れ落ちる。
瀬戸口はそれを視界に捉えて、咄嗟きららの方に振り向いた。こちらへ向かって駆け寄るところだった。全てが嘘みたいにスローモーションだ。瞳に見たこともない黄金色の光を灯し、いつもの人間のような表情を消し去り、瀬戸口を庇うように押し飛ばす。
ダダダダッと無機質な銃声が響き渡った。
「きらら!」
瀬戸口は急いで駆け寄り、抱き起こす。
「申し訳ありません、回路をやられました動けません、危機はどうなりましたか」
「大丈夫だ、とにかくメインシステムに戻って修復しろ!」
「危機は」
「きららこれは命令だ、戻って修復しろ」
「ああ、慶、どうかご無事で……」
倒れ伏したきららは惜しそうな声でそう言いながら、その体を手放した。瀬戸口はぐったりと動かなくなった少女の体を抱きかかえ立ち上がる。
銃弾を浴びても、彼女の血は流れない。だけど衝撃で本体に万一のことがあっては大変だ。早く直さないと。瀬戸口ははっと現状を思い出して、ロボットの方を見る。二人を攻撃したロボットは、ペルラが二呼吸目に倒した後だった。
ウルリカが近寄ってきて、だらりと落ちたきららの手を心配そうにペロペロと舐める。
「申し訳ない、足手まといだった」
「まさか侵入者即攻撃なんて手荒なプログラムに会うなんて思わないわよね」
ペルラはガチャガチャと倒したロボットをひっくり返して抉じ開けながら言った。
「まぁ、最低限の護身はしなさいよとは思うけど、銃の一つも持ってないなんて」
「日本ではまだ禁止だ、魔術仕込んだナイフなら……」
ペルラは瀬戸口の方を振り返る。
「……鞄の中に」
大きくため息を吐いて立ち上がり、膝についた砂を払った。そしてきららの体を見て眉間に皺を寄せる。
「そういうの、使えなきゃ意味がないわ。足手まといかどうかは今からあなたが決めるのよ。これ、解析して」
ペルラは倒れたロボット二体を指差してそう言った。
プログラムは通常警備モードだった。侵入者即攻撃なんてことにはなっていない。だとしたら、誰かが干渉していたことになる。
まだ、見られている。この町へ来てからずっと感じるこの視線は、草影の獣や猫のものでもなければ、警備ロボットのものでもなかった。一体、誰だ?
肝心の白い塔はもぬけの殻だった。目ぼしい痕跡もなく、ただ眼前に海が広がっていた。
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