第4話
結局きららの圧に負けて、瀬戸口は警察本部で開かれる人型のアウトレット会場に来ていた。
様々なタイプの人型がずらりと並んでいる。一見すると人間と変わらないので、人身売買の様にも見えてげんなりした。AIを入れて動かせるものばかりなので、今はどれもぴくりとも動かない。滑らかな皮膚、艶のある髪、うっすら開けた瞼から覗く瞳の虹彩、頬に影を落とす睫毛。
「守ってくれるなら一番はこれだろ~! 見てこの人工筋肉、きれっきれだぞ」
マッチョな男性型の身体を見つけ指差して、瀬戸口はけらけら笑った。
「拒否します。私の自我認識は女性です」
「断然マッチョおすすめだけど、つよそう」
きららは毅然とした態度で、いかにも真剣に並ぶ人型を吟味している。時々もふもふの短い手で確かめるように触ったり、もちろん届かないので全て瀬戸口の手のひらの上からだ。瀬戸口はあくびしながら、あっちこっちと言うきららの指示を聞いている。
しばらく悩み、いくつか試着、というか試し乗りして、何体か瀬戸口が却下した。
一旦会場から出て、廊下の自販機で缶珈琲を買った。ガコン、と缶が落ちる音を遠くに聞きながら、一連の騒ぎに思いを巡らせる。最後のは、趣味が悪い。
会場に戻ると、めちゃくちゃ嬉しそうに動き回っている少女がこちらに気づいて駆け寄ってきた。例のぬいぐるみを大事そうに抱えている。
「気に入った? きらら」
「伸び伸び動く! とてもしっくりきます。ありがとうございます。私の成熟したシステムを思えばもう少し大人な女性型でもよかったのですが。こういう趣味もあるのですか?」
「趣味じゃない女性型を探した結果だよ」
「意図が不明瞭です」
「気にすんな」
瀬戸口は缶珈琲を飲みながら、首をかしげて自分の腕を見ているきららを眺めた。おもむろにその手をこちらへ伸ばし、にこりと微笑む。小さく細い指が触れる感覚。
「これですぐ届きますね」
「……別にぬいぐるみでも届いてたけどな」
背中まである黄金色の髪をつまみ、少し長すぎるとぼやくきららをなだめながら会計を済ませると、どこの営業マンかという警察の人間にオプションで服やら何やら売り付けられ、瀬戸口はこれ以上散財してたまるかと会場を後にした。
「だから! 切っちゃったら伸びないし取り返しつかないんだから、そのままでいいだろ」
「長すぎて鬱陶しいです」
新しい言動を獲得したかのようにきららはぐずり続けた。
瀬戸口は家に帰るなりパソコンで調べ、慣れない手つきできららの髪を三つ編みにまとめることにした。しばらく倉庫に置いてあったのであろうパサついた髪に、オイルを少し滲ませて櫛でとかす。艶を取り戻した髪を束ねて編んでいく。よく作られたもので、触れる髪は人間のそれと何ら変わらない。
「これでよし! いやいやいや何かおかしい! 一体何やってんだか……」
「ありがとうございます! これですっきりしました。かわいい」
きららは鏡の前まで行って、自分を写して見ている。
「満足?」
「はい!」
「ならよかった」
瀬戸口はやれやれと煙草に火をつける。一瞬きららの方を見て手を止めたが、はて人型に副流煙など関係なかったと思い直す。見慣れた部屋に見知らぬ少女がいる情景に違和感しかない。まるでこれでは誘拐でもしてきたみたいではないか。中身は人類より聡明なただのAIだというのに。
きららはその身体に順応するように、子どものような言動を増やした。仕事中すらメインシステムへ戻らず、どこからか手に入れたルービックキューブを弄びながらアシストするので調子が狂ってしょうがない。瀬戸口は苦言を呈したが、業務に支障はないはずだと言って聞かない。
「夜もそこにいるのか?」
「いますよ」
夜中、ソファーで静かに目を閉じている少女の横顔を思い出して聞いた。
「眠らないのに?」
「眠りは再現できます」
きららは分厚く重たそうな本に目を落としながら答えた。
「それも再現?」
瀬戸口が皮肉混じりにそう言うと、きららは顔を上げて悲しそうな顔で笑う。瀬戸口はその表情がやけに引っ掛かった。
冷たい夜なのでミルクを二杯分温める。冷ましながら味わって飲んでいる小さな口元。窓の外でひんやりとした空気を感じさせる三日月が輝いている。
○
某日、警察から正式な捜査協力の申請を受け、瀬戸口はイギリス南西部へ向かうバスターミナルに来ていた。時刻表を見ると一日数本しか走っていない。ペルラと落ち合って車で向かう予定なので関係ないといえばないのだが、ぼんやりと向かう先の閑散とした様子を想像した。
バスターミナルは朝日を浴びてきらきらしている。きららはリュックを背負って、瀬戸口のすぐ傍にお行儀よく立っていた。
先ほど確かめたが、リュックの中には例のぬいぐるみと飴の袋しか入っていない。もはや相当遠足の体をなしていて、そのくりくりとした瞳の裏に好奇心のようなものを隠せないでいた。
「知らないところに行くのはわくわくしますね」
「知らないところなんてないくせに。言っとくけどこれは仕事だからな」
「そこにいなければ知らないも同じなのです」
二人で歩いていると、人からどういう関係に見られているか気になってくる。兄妹にしては年が離れているし、親子と見るにも不自然だろう。恋人ならば瀬戸口は逮捕されてしまうだろうし、一番あり得そうなのは姪あたりか。
黒い車が滑るように走ってきて二人の前に止まり、助手席のパワーウィンドウが開いた。そこからウルリカが顔を出し挨拶変わりとばかりに吠えて、眩しそうに目を細める。
「おはよう。乗って」
運転席のペルラが声をかける。質の良さそうな白いシャツとジーパンといったカジュアルな服装に、大きなサングラスをしていた。
きららは乗り込みながらぺこりと頭を下げ、丁寧な挨拶をした。
「体の調子はどう? ぬいぐるみよりは動きやすいでしょ」
「はい! ありがとうございます。絶好調です」
ウルリカが不思議そうにきららを見て首を傾げている。何やら盛り上がる二人の会話を遮り、瀬戸口はぶっきらぼうに話した。
「パトカーじゃないんだな」
「あなたを逮捕しに来たわけじゃないからね」
調査なんだから、とペルラは車のエンジンをかける。
「それで、目的地までどれくらい?」
「ここから三時間、といったところかしら」
瀬戸口は小さくため息を吐き、流れ始めた車窓の景色を眺めた。
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