第29話
「まあ、ウェルカ!
とっても似合っているわ」
試着以降初めて制服を着てくるっとお姉様の前で回ってみると、そういって目をキラキラとした目を向けてくれる。くるぶしまでの長さのワンピースドレスと首元には学年を示す赤のリボンを結んでいる。シンプルなデザインだけど清廉な感じでこの制服は好きだな。
「まさかこんなに早くウェルカがその制服を着ている姿を見ることになるとは思わなかったわ。
基礎教育部の制服姿も見てみたかったわね……」
ほぅ、と少し残念そうに言われてしまう。確かに少し着てみたかったかも……?
「さあ、ウェルカ様。
あとはこちらのケープもお召しください」
初等専門部を示す色の校章がすでにつけられているケープを着ると完成だ。ちなみにこのケープは魔法科を示すものだ。
今日は私がこの家を出て寮に入る日だ。入学式は明後日なのだが、規則として入寮の今日も制服を着なくてはいけないのだ。
「ウェルカ、学園での生活を楽しんでね。
皆年上の方ばかりだけれど、きっと仲良くなれる方がいるわ」
ぎゅっと抱きしめながらそうお姉様がささやいてくれる。心配そうに私のことを見ているお姉様にはい、と返す。不安もあるけれど、きっと大丈夫だ。私の目的はしっかりしているのだから。
「ウェルカ様、そろそろ行きませんと」
「ええ」
イルナにまとめた荷物を持ってもらい別館を出ると、同じく制服に身を包んだセイットが待っていた。セイットも今日寮へと行くのに、一緒の馬車で向かおうということになったのだ。
「準備はできました?」
「はい」
行きましょう? とあんまりにも自然に手を差し伸べられるものだから、思わずその手をとってしまった。ああ、お姉様。そんな温かい目でこちらを見ないでください。
本邸の前についている馬車に向かうと、すでにおじい様方が揃っていた。わざわざ迎えに出てきて下さったのだ。
「ああ、よく似合っているよウェルカ」
「ありがとうございます、おじい様」
その後にお母様方もほめてくださった。お世辞とはいえ嬉しくなってしまう。
「元気でね、ウェルカ。
寮に入ると言っても屋敷は近いのだからいつでも帰ってきていいのよ」
「はい、お母様」
「ウェルカ、また学園でね。
部が違うからあまり役に立たないかもしれないけれど、何かあったら頼ってくれていいから」
「ありがとうございます、お兄様」
また、という言葉に嬉しくなりながらも別れを済ませていく。するとお父様だけはそっと近くによってほかの人に聞こえないくらいの声量で話かけてきた。
「何かセイットに困ることがあったらすぐに言ってくれ」
妙に真剣なお父様の言葉に戸惑いながらも頷くと、優しい顔をしてくれた。
「ではそろそろ行ってきますね」
存分に挨拶をすると馬車に乗り込んでいく。セイットは特に挨拶をする必要もないようでさっさと馬車に乗り込んでいたのだ。ちなみに寮には一人使用人を連れていってもよいことになっていて私はもちろんイルナを連れていく。馬車にはもう一人侍従がいるけど、この人がセイットの使用人になるのかな?
「お待たせいたしました」
「大丈夫ですよ。
行きましょうか」
外で手を振ってくれている皆に軽く手を振り返しながら馬車は出発していった。
「あのセイット、その方は?」
「ああ、まだ紹介していませんでしたね・
ずっと僕に仕えてくれているマンゼーデです」
「マンゼーデさん?
よろしくお願いいたします」
「呼び捨てで構いません、ウェルカ様。
よろしくお願い致します」
マンゼーデは座った状態のまま一礼をしてくれる。確か商業区に行った時も一緒にいたはずだけど、今まで聞いたことがなかったんだよね。
特に話すこともないまま馬車は学園へと向かっていく。ちなみにお兄様は屋敷から通うようだ。今は社交シーズンでお母様方もこちらにいるけれど、それが終わればあそこにはお兄様とお父様、おじい様という男ばかりが残るようだ。
馬車は今回は校門では止まらずにそのまま寮の方へと入ってくれる。荷物があることを想定しての対応なんだそう。
校門から走って数分、大きな寮の前で馬車は停止した。ちなみに寮は女子棟も男子棟も入り口は一つだ。中央に入り口、管理室、食堂、談話室など男女共用で使うものはこの中央棟に集まっている。
「お待ちしておりました、セイット・ゼリベ・チェルビース様、ウェルカ・ゼリベ・チェルビース様ですね?」
「はい」
「寮監長のミンククルと申します。
なにか困ったことがあったらご相談ください」
「よろしくお願いします」
「ではこの後は女子棟、男子棟に分かれて説明いたします。
ウェルカ様はあちらの女性、セイット様はあちらの男性の方にどうぞ」
言われて示された方を見ると少しふくよかな女性が女子棟の入り口で手を振ってくれていた。
「ウェルカ、今日の夕飯は一緒に食べましょう。
食堂で待ち合わせで」
「ええ、わかったわ」
またあとで、とセイットと別れると私はさっそくそちらの方へと向かった。
「よく来ましたね、ウェルカ嬢。
これからよろしくお願い致します。
私は女子棟の寮監をしているベナンタと申します」
「ベナンタ様、よろしくお願い致します」
「では、まずはお部屋にご案内いたしますね。
荷物もそちらの方に運び込んでおりますので」
ベナンタ様についていくつかの階段を上ると私の部屋と言われるところについた。寮の最上階にある部屋でこの階には王族、公爵家の令嬢が部屋をもらうそうだ。
中に入ると、お客様の応接もするリビング、寝室、書室、ウォークインクローゼット、侍女用の部屋、それと水回りが揃っている。うん、さすが豪華。規模は違うけれど基本的にはここには上位貴族の子息令嬢が入学してくるからどこも似た作りになっているそうだ。
「本日は昼食を取られましたら、寮内を案内いたします。
こちらに伺います」
それだけ言うと、ベナンタ様は礼をして部屋を出ていった。と言っても昼まではまだ時間があるし、ひとまず部屋内の整理かな。
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