第30話


 とはいってもそこまで量はないからきっと昼食までには整理が終わっているはず……!


「お嬢様、どちらから整理致しますか」


「そうね、書室からやろうかしら」

 

 私の言葉を聞くと、すぐに本やペン類がまとめられている箱を開け始め、丁寧に入れ始めると半分も埋まることはなかった。でも、入学式で教科書をもらうからこれよりは埋まるはず!


 私が書室の整理をしている間にイルナはドレスやワンピース、制服など服の整理をしてくれていた。しまうときにどうしてもついてしまった皺などを伸ばしながらの作業だったからか、それはまだ終わらなそうだった。それにしても領地にいたときと比べてずいぶんと増えたな。

 本当は侯爵家のお金で作ったドレスはそこに置いていこうと思っていたんだけど、どうやらアンティーナとは体形や身長、色やデザインの趣味などが違ったらしく、置いていっても誰も着ないからと持たせてくれたのだ。公爵家に移ってからもお茶会用のドレスを数着作ってもらったから、このウォークインクローゼットをにぎわすほどは量があったりする。服の管理は正直よくわからないからこのままイルナに任せてしまおう。


 となると次は寝室だ。書室の奥に行ってみると、ベッドはさすがに備え付けで、事前に買っておいたシーツや枕、布団は早くも整えておいてくれたようだ。あとは小物などをこちらに収納したり、鏡台のところに必要なものを置いたりするだけ。ここにきて私は真っ先にテディベアを取り出した。これは亡くなったお母様からいただいたもので、そろそろ卒業をしなくてはとは思いつつ、つい手放せないままここまで持ってきてしまった。これだけはアンティーナに取られないようにと必死に隠していたかいあってか、何とかあの屋敷においても死守することができたのだ。少し寄れてしまっているが、それでもふわふわとしたままの素材のそれは抱き着くだけで癒される……。

 あとは持ち込んだものを適当に置いてっと。うん、これでここも大丈夫そう。


「ウェルカ様。

 そろそろ昼食を取りに行ってまいりますね」


「ええ、お願い」

 

 持ち込んだ本を読みながらイルナの帰りを待っていると、思っていたよりも早くイルナは部屋へと戻ってきた。手にはバケットを持っているから、お昼は持ち運びやすいものが用意されていたらしい。


「お待たせいたしました。

 すぐに準備いたします」


 広げられていくバゲットの中身はサンドウィッチで、色とりどりの具材がとてもおいしそうだ。そしてこれにあうお茶を入れてもらうとさっそくここに来てからの初めての食事に手を伸ばした。


 うん、すっごくおいしい! こちらをうかがっているイルナにおいしい、と告げるとほっとした顔をした。まあ、ここで私がおいしくないと言ってもイルナにできることは厨房に直談判しに行くか、自分で作るかだったのでその心配がなくなってほっとしたのだろう。


「でも、さすがにこの量は多いわね……」


「食べきれない場合は食堂の方に戻してしまって大丈夫なようです」


「でも、なんだか申し訳ないわ。

 ……そうだ! 

 イルナも一緒に食べない?」


 うん、それがいい! イルナだって引っ越しの準備や片付けで忙しくしてくれていたから、こういう休息もたまには必要だよね。


「ですが、私がお嬢様と一緒にだなんて。

 それは出来かねます」


 これは想定外にしっかりと断れてしまった。


「食べるのは一緒じゃなくていいのよ。

 まあ今回だけね。

 次回からはもう少し量を減らすようにしてもらっていいかしら」


「はい、かしこまりました」


 そして若干しぶしぶながらも、残してしまった分は後でいただきますと言ってくれた。これで料理人さんに迷惑をかけずに済むからよかった。



 部屋の整理も一通りできて、おいしい昼食もいただいてゆっくりと過ごしていると扉をノックする音が響いてきた。すぐにイルナに扉を開けてもらうと、そこには予想通りベナンタ様がいらっしゃった。


「お部屋の整理はできましたか?」


「はい、おかげさまで」

 

「それは良かったです。

 では、寮をご案内いたします」


 そして、ベナンタ様は女子棟、共用棟を順に説明してくれた。と言っても、女子棟ではほとんど自分の部屋で過ごすくらいでしか使わなそうだ。一応こちらに大浴場があるが基本的には部屋に備え付けのものを使うだろうし、談話室は使わない気がするし……。

 そのためか、案内も共用棟の方がメインだった。一階には大きな食堂や管理人室があり、何か困ったことがあればすぐにここに言いに来ること、と言われた。それと、二階には保健室があったり遊技場があったりとこちらにも色々と施設があるみたいだ。


「これで一通りになります。

 また何かわからないことがありましたらいつでも聞きにいらしてください」


「ありがとうございます」


 では、と共用棟でベナンタ様と別れると私たちはまた部屋へと戻っていった。それにしても寮を案内するのは何人か一緒にかと思っていたけど、私1人だけだったんだよね。ほとんどいなかったけど、一応途中人は見かけたから誰もいないわけではいないみたいだけれど。


「ウェルカ様、お召し物はいかがいたしますか?

 本日、夕飯以外で外に出られないのでしたらお着換えになられた方がよろしいのでは?」


 そっか、寮内の移動だけなら制服着用は義務ではなくなるのか。新しい制服を汚しても嫌だし……。


「着替えてしまうわ。

 過ごしやすい服をお願い」


 かしこまりました、とイルナはさっそく整理したばかりのクローゼットへと向かっていく。この後は特にやることもないだろうし、軽く読書をしてゆっくりと過ごしたいな。


「ウェルカ様、こちらのワンピースドレスはいかがでしょうか?」


 イルナが持ってきたのは膝丈のシンプルな水色のドレス。うん、これだったらゆったりとした作りだし、過ごしやすそうだ。


「ええ、それで大丈夫よ」


 さっさと着替えてイルナを下がらせるとさっそく入学祝にといただいた本を開けてみる。私が本を好きだからとわざわざ外国から取り寄せてくれたのだ。外国の文字だから読むのはとても難しいけれど、読んでいるうちになんとなくわかるようになってきた。内容は地方の伝記をまとめたようなもので、その国の特性を知れるからとても面白い。


 さっそくしおりを挟んでいたところから続きを読もうとするも、猛烈な眠気が……。引っ越しで朝からバタバタしていたからいつも以上につかれてしまったのかな……?


 これは耐えられない。夕飯まで寝てしまおう。もそもそと寝室に向かうと、私はすぐに意識を手放した。

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