第11話 とある侍女の視点


 私の名前はイルナ・ドゥ・マクーゼラ。マクーゼラ子爵家の四女です。

 上には三人の姉、二人の兄、下には妹が一人という大家族の生まれの上に特に特技などを持っていなかった私は学園にはもちろん行けず、15歳まで家事などにいそしんでいました。子爵令嬢とはいえ、子だくさんな影響で我が家にはお金がないのです。


 ちなみに兄弟で学園に行ったのは嫡男、次男である二人の兄、そして上位貴族に嫁ぐために秀でた容姿をもつ上二人の姉、魔法の才能があった妹の五人でした。

 私と三女の姉は同じように家事にいそしむ生活を送っていましたが、仲間だと思っていた姉はいつの間にか同じ伯爵家のものと恋仲になっていて結婚しました。予想外の姉の嫁入り道具をそろえるのは貧しかった我が家にはとてもつらいこと。結果、私は奉公に出ることになりました。


 奉公先はバーゼリク侯爵家。なんでも最近この家に後妻として嫁いできた奥様がとてもわがままな方で、今まで勤めていた使用人を気に入らないといった理由で大量に解雇したために大規模な募集を行っていたそうです。


「君はマクーゼラ子爵家のものか。

 何ができる?」


「えっと、家事は一通り家でやっておりました」


 面接に行くと担当をしていた執事の方にそう答えると、旦那様はそれだけで私を雇ってくださいました。そして言い渡されたのは次女であるウェルカ様専属の侍女。でも今までずっと単に家事をやってきた私には何をやったらいいのかわかりません。


「初めまして、イルナ・ドゥ・マクーゼラと申します。

 ウェルカお嬢様付きの侍女に任命されました」


 その日からさっそく侍女のお仕着せを支給され、大勢いる同職の方の前でそう挨拶すると眉をしかめられてしまった。


「あなた、侍女は性を名乗らないのよ。

 ここでは身分なんて関係ないのだから」

 

 呆れたような先輩にそう言われてしまう。すぐに謝ると、皆さん今度からは気を付けるのよ、とだけ言って許してくれました。


「それにしてもウェルカ様付きなのね……」


 ぼそりといった先輩の侍女を不思議に思い、そちらに視線を向けるとその人はなんでもないのよ、と微笑んだ。


 実家では家事をやっていたとはいえ、一応その家の令嬢。使用人の方と同じ生活を送っていたわけではありません。同じことをやっていればいいのだと少し気軽に考えていたのですが、これはそう簡単にはいかないかもしれません。


 そうして始まったバーゼリク侯爵家での侍女としての生活はなかなかに目まぐるしいものでした。毎日洗濯や掃除、様々な仕事が言い渡されています。大家族だったので我が家の洗濯物は多かったのですが、ここでは使用人の洗濯物を担当しているのでその比ではありません。

 一応ウェルカ様付きではあるはずですが、皆さんそっちはいいからと言います。結果、ウェルカ様のことはほとんど見ることがありませんでした。

 でもこちらに来て、最初にウェルカ様を見たときはなんてきれいな方なのだろうと、純粋に思いました。


 そんな日々に転機が訪れたのは突然でした。王太子の側妃になるというアゼリアお嬢様の王都行きにウェルカ様も同行されることになり、私もともに行くように指示されたのです。今まであまり接点がなかったお嬢様方の付き添いは不安でしかありませんが、仕方ありません。


 旅路の途中、盗賊に襲われるという事態に陥ったことは実はあまり覚えていません。襲われたと認識した後、強い痛みに襲われてずっと気を失っていたのです。目覚めたときには傷一つない状態でしたので、余計に何が起こったのはわかっていません。


そして……


「あなた、ウェルカ様付きの侍女なのにウェルカ様のこと何も分からないのですか?」


 責めるような口調でガゼット様にそう言われました。今までウェルカ様付きとしていかに至らなかったか、侍女の心得について切々と語られるガゼット様によって痛いほどわかりました。ウェルカ様の不遇も、何も知らなかったのです。


「これは本家にも大きな問題があるわね。

 ……私があなたに必要なことはすべて教えてあげます。

 そのうえであなた自身で誰に仕えたいのか、よく考えなさい」


「誰に、仕えたいか、ですか?」


「ええ」


 そのことについて考えてみると、一番に浮かぶのはやはりウェルカ様のこと。あの、移動中の事件の後、いやここに来てからかもしれませんが、ウェルカ様のお役に立ちたい、そう思うようになっていました。


「なら、頑張りなさい。

 あなたが本当に望み、その能力を持っているならば主人を旦那様ではなく、ウェルカ様にするといいわ」


 ガゼット様の言葉にうなずくと、本当にいろいろとたたきこまれました。そしてようやく許可が出て、ウェルカ様に紅茶を入れに行ったとき。おいしいと笑ったウェルカ様の笑顔はきっとずっと忘れられません。


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