第9話


翌日、本当にさっそく家庭教師という先生がいらっしゃいました。おじい様方の仕事の早さにびっくりしてしまいますね。

 ちなみにお姉様は今日、王城へ行って教育をうけているそう。お姉様が頑張っているから、私も頑張らないと!


「初めまして、ウェルカ様。

 本日より教師を務めるマリーベ・ドゥ・ベルクリート、と申します。

 ベルクリート子爵夫人でもありますわ」


「初めまして、マリーベ様。

 バーゼリク侯爵が次女、ウェルカ・ティー・バーゼリクです。

  よろしくお願いいたします」


 ぺこりと一礼すると、なんとも言えない顔をされてしまった。


「未だ、教育を受けてないとは聞いております。

 本日の午後はマナーの教師がいらっしゃるそうですから、その方からもよく学んでください。

 さて、本日はこちらのテストを受けていただきます。

 あなたの現状を知るためにいくつかの難易度のものを用意しておりますから、解けなくても気になさらないでくださいね」


「はい」


 ぺらりと目の前に何枚かの紙を差し出される。でもよくよく考えてみたら、私文字を書いたことってないような気がする。文字も絵本を読んであげたときくらいだしな。


 はじめてください、そう言われて紙に向き合ってみるもなかなか書き進められない。数字が書かれているものは全く意味が分からないし、歴史については絵本で書かれている程度のことしか知らない。それ以外のことはもっとわからない。完全に書き進める手が止まってしまう。


「もうわかりませんか?」


「はい」


 そうですか、と言うとマリーベ様は紙を手に取り一問ずつ私が書いた答えを確認していく。


「解けている部分は合っていますが、ほとんど解けていませんね。

 今日は算学から行っていきましょうか。

 それと、宿題としてこちらの本を読んでおいてください。

 何かわからない単語等が出てきましたらこちらの辞書で調べ、単語、意味を書き写していってください。

 ああ、辞書に載っていないようでしたら家のものに聞いてくださって構いません」


「は、はい!」


 一度に話し始めたマリーベ様に多少驚いてしまったけど、渡された二冊の分厚い冊子を何とか受け取る。というか、こんなに重いものをマリーベ様はかばんに入れていらしたのね。


「さて、算学ですが何がわかりませんでしたか?」


「これと、これが数字だということはわかるのですが、このつなぐ記号が何を意味するのかが分からないです」


 数字と数字の間、横それぞれにある記号を指さすと、マリーベ様はなるほど、とつぶやく。


「これはプラス記号と言ってこちらとこちらの数を足すという合図なのです。

 ですからこの問題では……」


 何がどうわからないのか、一問ずつ丁寧に確認してはマリーベ様はゆっくりと教えてくれる。私のペースにしっかりと合わせてくれているところからもこの方が優秀な先生なのだということがわかる。

 その後も私は夢中になってマリーベ様に算学の解き方について教えてもらった。


「驚きましたわ。

 ウェルカ様は理解力が大変優れていらっしゃいますね。

 本日だけでここまで進むことができるとは思っていませんでしたわ」


 解き方を教えてもらい、その方法を使って新たな問題を解くということを何回か繰り返したのち、マリーベ様はそう言って驚いたようにこちらを見てきた。そんな風に言われたのは初めてで、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。


「本日はここまでにいたしましょう。

 宿題も頑張ってくださいね」


 では、と言ってマリーベ様は去っていた。

 

 この後は少し休憩をはさんで昼食、その後マナーのレッスンだったはずだ。 

 ひとまず休みたい、という思いから誰もいないのをいいことに私はベッドに横になった。




 本当はマナーの先生が来る前にマリーベ様に出された宿題を少しでもやっておこうと思っていたのですが、少し眠るつもりが思っていたよりも寝てしまいできなかった。これはマナーの授業が終わったら頑張るしかなさそう。


 さて、どういう先生がいらっしゃるのかな。

 少しだけ緊張しながらマナーの先生を待っていると、ノックの音が響く。とうとうやってきたようだ。


「失礼いたします。

 初めまして、ウェルカ様。

 本日より礼儀作法の教師を務めますワルクゥベ・カッツ・カルセッタと申します。

 カルセッタ伯爵家夫人でございます」


 軽くスカートをつまみ上げて、少し姿勢を落としつつワルクゥベ様は礼をしてくる。これは私も答えるべきだよね?


「初めまして、ワルクゥベ様。

 バーゼリク侯爵が次女、ウェルカ・ティー・バーゼリクと申します」


 そして先ほどの先生みたいに礼をすると、こちらもなんと言えない表情を浮かべた。


「まずは、ここから始めないといけないようですね。

 身分が上のものが、下のものに対してそのように頭を下げる必要はございません。 

 私の名前にあるカッツ、ウェルカ様の名前にあるティー、その意味はご存知ですか?」


「いいえ」


「それぞれの身分に応じて名乗っているのです。

 平民が何もなく、男爵位がクーペ、子爵位がドゥ、伯爵位がカッツ、辺境伯位がマーベ、侯爵位がティー、公爵位がゼリベ、大公位アクセ、王族がアンセットとなっています。

 つまり、ウェルカ様は侯爵位のご令嬢ですので公爵位、大公位、王族の方々意外に頭を下げてはいけません。

 そして、王族にはほかの方へのカーテシーとは違い、両膝をつけて行う必要があります。

 本日はそこから始めていきましょうか」


「お願いいたします」


 そこからはカーテシーと呼ばれる礼の練習をひたすらし、王族に対する礼の練習をし……。ナニコレ、めちゃくちゃ疲れる。


「ほら、笑顔が固まっています!

 もっと自然に笑ってください」


 ひきつりそうな笑顔でお辞儀をしていると、すぐに指摘される。慌てて笑顔を直す。


「今度は市政が崩れていますよ!

 すべてを意識して」


 初日とは思えない特訓に音を上げそうになるが、お姉様はこれが完璧なのだ。王太子へと嫁ぐお姉様の恥にならないためにも頑張るしかないのだ。


「今日はここまでにしましょうか。

 忘れる前にきちんと練習しておいてくださいね」


「は、はい」


「次回はダンスの練習も行いたいので、ダンス用のドレスの準備もお願いいたします」


「はい」


 では、と言ってワルクゥベ様は部屋から出ていかれた。す、スパルタすぎる。のどが渇いたな、と思いつつ椅子に座ると部屋がノックされる。


「どうぞ」


「失礼いたします。

 お茶を入れに参りました」


 そこにはイルナがワゴンに紅茶を入れるセット、そして菓子を乗せていた。


「丁度のどが渇いたわ。

 お願い」


 はい、と返事をするとイルナはさっそく準備をしていく。それにしても、彼女はこんなに気が利く子だったかな?

 お茶が飲みたいというと入れてはくれたけど、こんなにタイミングよく自分から来てくれたことはなかった気がする。うんびっくりだ。


「お茶が入りました」


「ありがとう」


 目のまえに差し出された紅茶を一口飲むと、明らかに今までよりもおいしい。入れ方が変わったのかな?


「とてもおいしいわ。

 入れ方を変えたの」


「はい。

 ガゼット様が教えてくださったのです」


 正しい入れ方を教えてくれたのかな。ガゼットには後で感謝しないと。お茶菓子もとてもおいしいし、先ほどまでの疲れが癒されていくようだ。

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