第6話
「「おかりなさいませ」」
屋敷に入ったとたんに聞こえてきたそんな声に、思わずびくりとする。そこには十数人の使用人の面々が並んで頭を下げていた。
「お世話になります」
そういってお姉様はにこやかに笑う。それが正解なのだろうけれど、私は何を言ったらいいのだろうか。そうやっておろおろしていると、使用人たちの中から二人の男女がこちらに近づいてきた。
「お久しぶりです、アゼリアお嬢様。
ますますお美しくなられましたね」
「久しぶりね、ヴィルチ。
息災なようでなによりだわ」
「ウェルカお嬢様もお久しぶりですね。
大きくなられて……」
優しそうな初老の男性はそう言って目を細める。そこには私を慈しむような色合いがあって、少し困惑してしまう。この人は誰なのだろうか。
「あ、あの、どなたでしょうか?」
「ヴィルチ・バンヘットと申します。
こちらのお屋敷を取り仕切っております、執事長を務めております」
そういって頭を下げてくれる。お久しぶりです、ということは私はこの人に会ったことがあるということだ。にもかかわらず私は名前を憶えていなかったのに、この方は嫌な顔一つせずに答えてくれたのは嬉しかった。
「お久しぶりです、アゼリアお嬢様、ウェルカお嬢様。
こちらで侍女長を務めております、ガゼット・バンヘットと申します」
「よろしくお願いいたします」
一通り挨拶を済ませるとこちらへ、とガゼットに案内されて屋敷の奥へと進んでいく。ここはもう一つの我が家と言っても遜色ないはずなのに他人の家にしか思えなくて、自然と緊張してしまう。
「アゼリアお嬢様はこちらの部屋でお過ごしください。
ウェルカお嬢様はお隣りのお部屋へ」
言われた部屋の方へと進むと、後ろにいたはずの侍女がいつの間にか前に来ていてガチャリと扉を開けてくださった。お礼を言いつつ中に入ると、そこには品のいい部屋が広がっていた。9歳という私の年齢に合わせてくれたのであろう部屋の装飾は濃すぎないピンクで統一されている。家具の一つ一つも大人用ではなく子ども用。その気遣いが嬉しい。
「部屋着に着替えてしまいましょう」
一緒に部屋に入ってきた侍女の方にそう言われると、いつの間にかその方の手にはワンピース型の簡易ドレスがある。
「あの、一人で大丈夫ですのでお仕事に戻ってください」
そういうとその方は驚いたように目を開く。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
「まあ、お嬢様。
お嬢様のお世話をすることが私の仕事です」
さあ、着替えましょう、ともう一度言われてしまった。今着ているドレスも旅用の簡易なものでスカートではあるがひらひらはしていない、とても楽なものだ。だから特に着替えの必要性も感じてはいなかったのだが、そう言われては、と着替えることにする。それにしてもただの着替えを手伝ってもらうなんていつぶりのことだろうか。
「少し休まれましたらお夕食にいたしましょう。
そのころにまた伺います」
必要なことを終えるとその侍女は部屋を出ていく。知らない人が部屋にいるのは緊張するので正直とても助かった。
初めての長旅で疲れていたのだろう、少しだけと思いふかふかのベッドで横になるといつの間にか眠ってしまっていた。
翌日は朝からバタバタとしていた。どうやらお姉様の婚約者になるベルク殿下がこちらにいらっしゃるのだそうだ。どうやらこのことが伝えられたのは昨日、私が寝ている間のことだったらしい。
「お嬢様、身支度を済ませてしまいましょう」
朝、眠っていたらいきなりそんなことを言われて起こされた私は何が何だかわからなかった。まず、部屋に人がいたことに驚いたのだ。私付きの侍女はいたのだけれど、それほど仕事熱心な子じゃないからな~。おかげで一通りのことはできるようになってしまった。これでも侯爵家のご令嬢なんだけどな?
そんな風に現実逃避をしている間にも準備は次々と進んでいってしまう。さっと湯あみを済ませるといつの間にか用意されたドレスへと袖を通す。一人では着れないようなデザインのドレスをいるのはいつぶりだろうか。
「さあ、できましたわ」
最後に軽くメイクをすると、準備をしてくれた侍女は満足そうにそういう。そのあとにようやく軽くつまめるような朝食を持ってきてくれたのだ。
「ありがとう」
一言お礼を言うと、すぐに微笑みを浮かべて会釈をしてくれる。無視されないっていいね!
「ウェルカ、いいかしら?」
軽いノックの後、そんなお姉様の声が聞こえる。
「もちろんです」
私の声と被るように部屋にいたままだった侍女がすぐに扉を開けてくれる。その様子にこっそり感銘を受けてしまった。本宅よりも王都の屋敷の使用人たちの方が格段に訓練されているのってどうなんだろうか?
「まあ、とても可愛いわ」
ニコニコとした笑みを浮かべながらお姉様がこちらを見る。そういうお姉様はとてもお綺麗だ。それが殿下のためだというのがなんだか気に入らないのはなぜだろうか。
「そろそろ殿下がいらっしゃるでしょうから、入り口でお迎えしましょう?」
「はい」
お姉様に誘われて玄関へと向かうと、すでにヴィルチ、ガゼットがいた。どうやらこの四人でお迎えするようだ。四人揃ったところで、玄関の外へといき、殿下を待つことになった。
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