第4話
領地を出て2日、ようやく旅も中盤にさしかかろうかという頃私たちは変わらず馬車の中でのおしゃべりを楽しんでいた。私はこうして遠くまでお出かけするのが初めてなのもあり、のどかな風景を眺めているとお姉様がいろいろな説明をしてくださった。
「この街は以前は寂しいところだったのよ。
でも殿下が提唱して、物流の通り道になったことでこんなにも栄えたの」
視線の先にあるのは多くの人が行き交い、とても賑やかな街だった。人々の顔はやる気に溢れ、本当に生き生きとしている。
「殿下は国をきちんと見てくださる方なのですね」
「ええ」
そう答えたお姉様の柔らかい笑みに私は思わずどきりとなった。
「お姉様は殿下のことをよくご存知なのですね」
「あら、話していなかったかしら?
殿下は学園時代の先輩なのよ。
生徒会で一緒になって、本当によくしていただいたわ」
お姉様と殿下にそんなつながりがあったのか……。思い返すと今まであまりお姉様の学園時代のお話は聞いてこなかったかもしれない。現状はたして私が入れるのかは微妙なところだが、学園の話は興味があった。
この国でただ学園というならば、タリベアン王立中央第一学園をさす。この国一番の学園であり、上級貴族の名を名乗るのならば全員ここへ通う必要がある。その思惑は様々なものがあるが、ここの学費はとにかく高い。だから父はきっと私を通わせたくはないのだろう。それが貴族社会においてどのような意味をもつのか知っていながら言うのだから最悪だ。
ちなみに入学式のひと月ほど前に試験があり、それによって所属クラスが決まる。そして一週間前に顔合わせのための大規模なお茶会が王城で開かれるのだ。
試験はおよそ7ヶ月後に迫っている訳だが、このままではきっとそれすら受けさせてもらえない。でも、もしもお祖父様が助けてくださるのならば……。
「ウェルカ?」
「なんでもありませんわ。
それよりももっと学園の話が聞きたいです」
「そうね、なんの話ならウェルカも楽しいかしら?」
そうしてお姉様は楽しそうに学園でのできごとを話し始めてくれた。
そうしてお姉様の話を聞いていると、馬車が急停止した。手すりをつかんでその衝撃をやり過ごすと外を見ると、そこから見えたのはこの馬車をじりじりと囲っている盗賊と思わしき人たちだった。
「ウェルカ、声を出さずにここでしゃがんでじっとしていて。
いい?
なにがあっても絶対にここからでないのよ」
真剣な顔でそう告げるとお姉様は私を座席の下へと押し込み、自分は窓の外の様子を伺っていた。そのぴりぴりとした空気に私はお姉様の言いつけがなくてもなにも声を発することができない。
そして聞こえてきたのは、剣同士がぶつかり合う音と侍女たちの悲鳴だった。
「おいっ、見てみろよ。
結構な上玉だぜ」
そんな声とともに馬車の扉が開けられる音がする。お姉様が息を飲む音がするが、私は声を上げないように口元を押さえるので精一杯だった。
「おら、こい!
こいつだったらほかの奴よりも高く売れそうだな」
嬉しそうな声で語られる内容にぞっとする。このままだとお姉様はどうなってしまうの……?
「中はこいつひとりか?」
「は、はい……」
「荷物の量的にもそんなにいないか」
そんな言葉にほっとしたのもつかの間、リーダーと思わしき人物が一応中を改めておけと指示をだす。ここは外からではわからないだろうが、しっかりと探されると一発でばれてしまう。
「あっ、おいこら逃げるな!」
「そいつを捕まえろ!」
争いあう声が聞こえる。そして……
「きゃーーーー!!!!
アゼリア様!」
べスのそんな声が聞こえると、私は思わず馬車から飛び出していた。
思わず飛び出した馬車。その先でみたのは-ーー
血塗れになって倒れているお姉様だった。
「ちっ、しつこいからやっちまったじゃねえか。
これじゃ商品にならねぇな」
「お頭~。
もう一人出てきたぜ」
「おっ、いいやつがもう一人いたじゃねえか。
幼すぎるがまあいいか」
男たちが何を言っているのか聞こえない。私の目に入るのは倒れているお姉様だけだった。どうやら騎士たちはもう倒されているらしい。
うまく動かない足を必死に動かして、お姉様へと近づく。触れた体も液体もまだ暖かかった。
「嫌だ、嫌よお姉様。
目を覚まして!
お姉様!」
死にかけている姉を前に必死に願う。どうかお姉様を助けて、と。私に残されたただ一人の家族なのだ。
そのとき、辺りが眩い光に包まれた。自分の中の何かがお姉様の方へと移動していくのを感じながら私は気を失った。
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