第3話


 そしてその2日後、私とお姉様は屋敷を旅立つことになった。家族は誰も見送りにはこないけれど、そっちのほうがよっぽど気が楽だ。


 一応お姉様はいずれ殿下の奥さんになる人だからと形ばかりの護衛がついている。後はお姉様の古くからの侍女であるべスと私の侍女であるイルナ、後数名いる。たまたまなのか。この人たちはあの屋敷のなかでときには手助けをしてくれた数少ない人たちだ。変な人をつけられるよりもよっぽど安心ができる。


 私たちの荷物はカバンにつめて一人二つぶんくらいだからお引っ越しだというのに馬車は二つで事足りてしまった。まあ、おかげでそれなりに早くつくでしょう!


「行きましょうか、ウェルカ。

 きっともう二度とここには戻ってこないわ」


 どこか決意したようなお姉様の表情に私は思わずうなずく。確かにお姉様は王家へと嫁いで行くのだからそうだろう。でも私は? いったいどうなるのか……。私は今日、お母様が亡くなってから初めて外へとお出かけをするのだがどうも思っていたよりも気分は晴れなかった。



「ねえ、ウェルカ。

 王都に着く前に大事な話がしたいの」


 そうお姉様が切り出したのは朝に家を出発して、そろそろお昼を食べようかという頃だった。ちなみに領地から王都へは馬車2台だと大体5日の道のりである。つまりまだまだ序盤。だからこそ大事な話を今しようとしているのかもしれない。


「何でしょうか?」


「私、バーセリクの名を捨てようと思っているの」


 声を潜めて伝えた言葉はゆっくりと私の頭に回っていく。私はお姉様と姉妹でいられなくなってしまうの……? 私ひとりであの人たちと戦わないといけないの? そんなのは無理だ。

 混乱した頭は返答することなく、涙を流していった。するとお姉様は慌てたようにハンカチを私に渡してくれた。


「でも、ウェルカとの縁は切りたくないわ。

 それにあなたをひとりをバーセリクに置いていくことはできない。

 ……お祖父様たちを頼りにしようかと思っているの」


「お祖父様?

 お母様のご実家ですか?」


 ようやく声を発することができた。だが、お姉様は一体なにを考えていらっしゃるのだろうか。


「ええ。

 お祖父様がお父様との縁をきったとき、とてもお怒りで私たちのことは一切見てらっしゃらなかったでしょう?

 私たちは2人ともお母様に似ているから、もしかしてって思ったの。

 それにチェルビース公爵家は宰相を出していたり、強い権力を持っているから助けてくださるのならこんなに頼もしいことはないわ。

 あなたの学園のことだってあるし…」


 お祖父様、というよりもお母様のご実家であるチェルビース公爵家は正直あまり知らない。でもお姉様が頼ろうとしているならば、いい人たちではあるのかな?それにしても学園、か。


「私はお姉様に従います。

 バーセリクの家に未練はありませんもの。

 唯一コーネリウスのことは心配ですけど」


 ウェルカはコーネリウスと仲がよかったものね、とお姉様は微笑む。それもなぜか哀しいものであったけれど。今の私がはっきりと言えるのはこれを境にきっと人生は大きく変わっていくだろうということだった。


 そうして話しをしていると馬車はゆっくりと停車する。すぐにべスが馬車をノックした。


「お嬢様、ここで昼食にいたしましょう。

 すぐにお食事や場所をご用意いたしますね。

 今日は天気もよく、きっととても気持ちいいですよ」


「ありがとう、べス」


 外に出て、お食事をするのは本当にいつぶりだろうか。少なくともお母様が生きていらっしゃったときだ。わくわくとした表情でお姉様を見ると先ほどとは違い、お姉様もどこか嬉しそうだ。


 馬車を出るとさっそく敷物は敷かれていて、小さめのテーブル、いすが置かれていた。昼食が入ったバケットもテーブルに置かれていた。そして、侍女の一人がお湯を沸かしてくれている。あの人はたしか火の魔法が使えたはずだから、その力を使ってお湯を沸かしてくれているんだろうな。おかげでおいしい紅茶を旅先でも飲むことができる。


 ちなみに魔力を使えるものはいないわけではないが、珍しくはある。きっと自分が使えると知ったらいいようにこき使われるだろうと考えてお父様方に魔力を使えることを言っていないと、この侍女は以前冷めてしまった食事を温めながらこっそりと教えてくれた。それでも、私たちのためにはこうして使ってくれる。私はそれがなんだか嬉しかった。


「アゼリア様、ウェルカ様、お茶が入りました。

 こちらに手拭きもございます」


 紅茶を机の上に置かれ、手拭きも渡される。軽く手をふくとさっそくバケットの中のパンに手を付けた。


「まあ、とてもおいしいわね。

 作って数時間たっているとは思えないわ」


「はい!

 パンは柔らかいし、中のお肉はジューシーでお野菜は新鮮です!」


 おいしい、そう言いながら食べ進めていくとバケットの中はすぐにからになってしまった。どうやら料理人も私たちに申し訳ないと思う気持ちがあったようで、いつも以上に頑張ってくれたようだ。デザートまでを食べ終わるとゆっくりと周りの景色を眺めてみる。机は大きな木の下に置かれているため、木漏れ日がちらちらと私たちを照らしている。心地よい風も吹いていてとても気持ち良い。


「ここの空気は気持ちいいわね」


「はい。

 少し疲れてしまっていたのですが、気分転換できました」


 そうね、とお姉様も笑ってくれる。苦手な人がこの場にいないということもあると思うが、久しぶりにこんなにのんびりした気持ちになれた。


「そろそろ行きましょうか」


 お姉様のその一言で、さっそく片付けが始まる。準備が終わると、馬車はまた王都へむけて動き出した。


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