第2話


「お姉様、このお茶を飲んでみたいです」

 

 目のまえには様々なお茶が五種。どれも味に興味があるが、その中でもフルーツの味がするというこの茶葉に特に興味をひかれたのだ。目を輝かせた私にお姉様は優しく笑ってお姉様付きの侍女であるベスに用意を促した。

 

「それにしても、お父様があそこまで……。

 一般的に考えて、ウェルカはアンティーナよりも良い貰い手がいるでしょうに」


 お茶がはいるまでの間、お姉様はそう言って深いため息を漏らす。確かにこれは侯爵家の当主としてやってはいけない判断だったように感じる。というか、自分の娘に価値がないと言っているようなものだ。


「それにウェルカは来年には学園に行く年齢でしょう?

 まさか、その学費を渋って私の侍女ということにした……?」


「それはあり得るかもしれません。

 それでも、もしかしたら一人ここに残るよりはいいのかもしれません」


 これは本心だ。正直この屋敷で一人でやっていけるなんて思えない。主に精神的に。そんな私の発言にお姉様は気づかわし気にこちらを見てきた。


「そうね……。

 でも不思議なのよ。

 ベルク殿下はこのようなことをお許しになる方ではないはずだわ。

 お父様は了承を取っているとおっしゃっていたけど、そんなはずはないと思うわ」


「それは、いっそ王都に行ってみたらわかるのではないでしょうか?」


「そうね。

 ひとまず、今回はウェルカがともに王都へ行けることを喜びましょうか。

 学園に行くために必要な教育もきっとここでは受けさせてもらえないでしょうから」


 そういってまたため息をつく。私のせいで心労を増やしてしまっているようで申し訳ない。空気が重くなっている中、ベスがタイミングよくお茶を入れ終わった。


「お嬢様方、冷める前にどうぞ。

 お茶うけにはこちらを」


 そういって用意されてたのはカップケーキとお茶。お茶からはとてもいい香りがしてくる。


「フルーツのよい香りがしますね」


 ほっこりとした気分になりながらお茶をいただき、一口サイズに作られたカップケーキを口にする。先ほどまでの重たい空気はどこかへといっていた。


「とにかく、許可はいただいたのですから早々に王都へと向かいましょうか。

 明後日でもいいかしら?」


「はい」


 それを聞いていた侍女たちはすぐに動き出す。さすが、鍛えられているといったところか。本来貴族が移動をするのに準備期間が2日では足りないのだろうが、私たちにおいては荷物が少ないためそれで事足りるだろう。


「お姉様、準備もありますしそろそろお暇しますね。

 


 お姉様に見送られて私室へと戻ると、全く望んでいない来訪者がいた。なぜこの人は当たり前のように私の部屋に勝手に入り込んでいるのでしょうか?


「アンティーナ、どうしてここにいるの?」


「遅かったわねウェルカお姉さま。

 でも本当にここにはなんにもないわねぇ」


 わざとらしく見回しながらそんなことを言ってくる。もともとはぬいぐるみやきれいなドレス、いろいろなものがあったのだ。それをすべて奪っておいてよく言う。腹が立つがここは我慢してにっこりと笑みを作った。


「そうね。

 でももうすぐここを立つのだから丁度いいかもしれないわ。

 それでどうしてここにいるのかしら?」


「ふっふっ。

 アゼリア姉さまの侍女としてなんて、あはは!

 お父さまも本当に面白いことをお考えになるわね。 

 そうねぇ、かわいそうなお姉さまを慰めに来たの。

 せいぜい恥にならないようにね」


 それのどこが慰めというのだろうか? 我が家にはあまり本の類がないため私も知識が豊富なわけではないが、それでもその使い方は間違っていると断言しよう。なんというか、性格の悪さがにじみ出ている。


「あら、ご心配ありがとう。

 アンティーナも頑張ってくださいね」


 私がこの家で学んだ唯一といっていいもの。それはこの鉄壁の笑顔だ。本心とは関係なくこの顔は笑ってくれるのだからありがたい限りだ。


「ふんっ。

 今のうちに笑っているといいわ。

 ああ、あなたのような人が同じ姓を名乗っているなんて……」


 私ってばかわいそう、みたいな演技はもうおなかいっぱいだ。こっちこそ願い下げである。それにあなたの母君は実家の姓を名乗らせてもらえない、つまり実家から縁を切られているのによくそんな合戸が撮れるものだ。


 いくら言っても私が笑みを崩さないのが面白くなかったのか、アンティーナはその後部屋を去っていった。本当に暇な人である。アンティーナは今8歳。この年齢でここまで完成されていて果たして大人になったらどうなるのか、それはきっと私が心配することではないのだろう。



「お嬢様、王都へは何をお持ちになりますか?」


「そうね、ドレスはもともと少ないから三着とも。

 それと……」


 詰めるものの指示を出していくと、侍女たちは用意に取り掛かる。もともと私物が少ないのだからきっと明日の午前には準備は終えているでしょう。


 そうして準備を進めていると、部屋に小さなノックの音が響いた。


「誰かしら?」


「おねえさま、はいってもいいですか?」


 ひょこっと顔を出したのは弟のコーネリウス。まだ幼いから自分の母や姉と私たちの確執をあまりわかっていないのかこうして頻繁に私の部屋を訪ねてくるのだ。


「ええ、どうぞ」


「きょうはこのご本を読んでほしいのです」


 一生懸命にそう伝えてくる様子は本当にかわいい。この子がアンティーナと両親ともに一緒だなんて信じられないくらいだ。


 コーネリウスを招いてともにベッドに入ると、彼が持ってきた本を読んであげる。本当ならアンティーナの仕事な気もするが、今回はタイミングが悪かったのだ。

 少しするとコーネリウスはすぅすぅと寝息を立てて眠りへとついてしまう。そうすると彼についているものが彼の私室まで運んでくれる。


こうしてようやく私も一日を終えられるのだ。決して良い夢が見られるわけではないが、それでも私は目をつむった。



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