第3話 燃え尽きる命

「おぅらよっと!」

右足を失い、立つこともままならなくなった甲冑へ、リーダー男は飛びかかり、容赦なく大爆発を浴びせた。

いつも薄暗く、気味が悪いほど静かな路地裏はこの日、目をくらませるほど明るく、耳を塞ぎたくなるほどに騒がしくなっていた。

「どうだ!…あ?」

リーダー男の放った爆発は確かに甲冑を範囲に捉えていた。

だが相手は人どころか生物ですら無かった。

ふとリーダー男は後方から忍び寄る気配に気付き、頬をニヤリと吊り上げる。


左手に魔法陣を形成させ、振り向きざまに抉り込むように魔法を炸裂させる。

甲冑は跡形もなくなる程に肉片を飛び散らせ、リーダー男の前に二度と姿を見せることはなくなった。

そしてリーダー男は役目を終えて静かに生涯を終える。


ここまでが彼にとってこれから起きるはずの出来事だった。

だが悲しい事に彼が相手にしているのはやはり人間でも生物でもない。

「はっ…。地獄へ土産話の一つも作らせちゃくれねぇか」

リーダー男は一瞬にして何が起こったのかを理解した。

理解せざるを得なかった。

なぜなら彼の左腕は迫る甲冑へ対して突き出されているはずだった。

それがどうだろう。

今の彼の視界には自分の左腕の指も手首も肘すらも見当たらない。

左腕のあるべき場所には先程砕け散ったはずの甲冑の右足が割り込んでいた。

若々しい素足を着いていて当たり前のようにさらけ出している。

付け根から大量に流れだした血が、目もくれないリーダー男へ答え合わせのように彼の横っ腹を湿らせる。

だがリーダー男は、失った左腕の遅れてきた痛みに泣き叫び、今まで当たり前のようにあったものが急に失せたことへの悲しみを嘆きもしなかった。

彼は即座に次の行動へ移っていた。

何がそこまでして彼を突き動かすのか。

もう間もなく尽きる時間か。

違う。

冥土の土産話を作る為か。

もちろん違う。


幼くして両親から虐待を受けて育った彼にとって、家族愛も仲間の絆も知る由もなかった。

だが、ただの取り巻きのように見えていた二人の男は彼にとって初めての仲間であり、家族同然の存在だった。

三人で、法に触れるような汚い事は数え切れないほどしてきた。

そんなことをする度に自分がいかに価値のない社会のゴミであるかを認識していた。

だがまた、その度に彼は仲間というものの存在を深く感じていた。

だから何をしても他人などどうでもよかった。

俺達三人さえ笑えればいい、そう思っていた。


だが、そんな仲間が化け物に追い回された挙句、牢屋にぶち込まれて一生を檻の中で過ごす事になる。

それか即刻死刑になる。

その両方ともが彼にとって耐え難いものだった。

そしてそれが彼を突き動かすものの正体だった。


「よけんなあァァァァ!!」

必死の形相で、つい願望を叫んでしまった彼は残った右腕を振り上げ、直立したまま動かない甲冑の顔へ向けて、ボロボロの、今にも崩れ落ちそうな魔法陣を出現させた。

だがこれでも何故か避けようとする素振りも見せず、ただ沈黙する甲冑に、リーダー男からは、真っ暗でとても表情など読み取れない甲冑の闇から自分を哀れなものを見るような目を感じられた。

何故この甲冑はピクリとも動かないのか、先程のように避けるのか、ボロボロの魔法陣からはちゃんと魔法は出るのか、あいつらは逃げ切れるのか。

様々な疑問が彼の頭をよぎったが、苦しみと使命に押し潰されそうな彼の思考では答えを出せるはずもなく、考える事をやめたリーダー男は、自分の生命力を全て魔法に乗せることだけを意識した。

「吹き飛べぇぇぇぇ!!」

最後まで避けなかった甲冑の頭部が爆炎に包まれた。

だがその爆炎は甲冑の右足を吹き飛ばした時と比べれば、火力は半分にも満たず、爆発の破裂音は実に情けないものだった。

意識の朦朧とする中、彼は自らの魔法の威力を気にする余裕もなく、爆破の黒煙に包まれた甲冑の頭部に目が釘付けになっていた。

だが黒煙の中から現れたのは様子の変わらない甲冑の頭部でも、頭が吹き飛んだ跡でもなかった。

それはまだ高校生くらいの青年の顔だった。

黒髪に黒目というのはこの世界では変わった部類の色合いだ。

その無表情さはまるで裁判官のような、何者にも媚びず、全てを公平に見定める平等さを感じさせた。

だが一つだけそれら全ての印象をかき消すような特徴があった。

穴が空いているのだ。

太い剣を突き刺されたような穴が。

そして底の見えないその穴からは何故かポツンと小さな青い光がこちらを照らしていた。

青年は哀れなものを見る目でリーダー男を見つめていた。

「顔にそんな傷つけた死人の分際で…なんで俺をそんな目で見てんだ…」

「すまない…自分でも…分からないんだ」

二人の間に微かな沈黙が流れる。

「お前…名前とかってあんのか?」

「番号で…呼ばれてるんだ。246番…。誰かさんには…『ライズ』って…呼ばれてるけど」

リーダー男は静かに笑う。

「ははっ…お前にはもっと早く会いたかったよ…ライズ…だっけか?…じゃあな、クソ野郎…へへっ」

そして力尽きたように倒れ、呼吸をやめた。

常に眉間にシワが寄っていて、いかつかった顔は和らいで、死に顔は安らかになっていた。

だがどこか悲しそうだった。

「お前も…悲しい…のか?なんで…だろうな。俺も…なんだよ」

それから間もなくして路地裏には数人の魔道隊が到着した。

そしてその中には誰かさんも紛れ込んでいた。



「それにしてもお前はこうやって喋る時だけ流暢になるよなぁ、ライズ!」

目の前で金髪のイケメン魔道隊長が腹を抱え、また同じことで笑っている。

「しつこいなぁ、ライトニング。話すことに集中すれば俺だって普通に話せるんだって事を何回言わせるんだ。これ会う度にやってるぞ。とゆうか全部部下に丸投げでお前は茶を啜ってるって立場的になかなかダメだろ。それに俺に至っては人権すらないゾンビだぞ。」

俺達は今喫茶店に来ている。

事情をライトニングに話し、本部に戻ろうと思ったら、どうゆうわけか喫茶店に連れてこられた。

「いいんだよいいんだよ、真面目だなお前は。お前はただの見張ることしか出来ない他の死体達とはどう考えても全然違うだろうが。それにお前は僕の友だ!そこらのやつと同じように扱うやつがいたら…僕が、僕がこの手で!」

腰の剣に手をかけ、怖いことを言い始める。

こいつは良い奴だが何故か俺以外の奴らには厳しく、体はこいつの方がずっと脆いのに、やたら俺を守ろうとしてくる。

「それでもお前はリーダーの器かよ、用がないなら俺は帰るぞ」

「待つんだ」

椅子から立とうとした瞬間にライトニングの目付きが変わった。

こいつはいつもこうだ。

真剣な時と普段で落差が大きすぎる。

「わかった、本題に入ろうか。今日お前が戦ったあの男。『ウィッチスクウィーザー』を飲んでいただろ?あれの出処が分かったんだ。」

「なに?」

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死して革命 ザ・ハンド @asasasasa

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