第2話 鎧の亡霊
そよ風の吹き込む市場。
心地よい温度と湿度保ったそこでは皆、自らの思い思いに過ごしていた。
買い物をする者もいれば食事を取る者もおり、また、大道芸を見物する者も。
市場だけには限らず、近くの公園ではやんちゃな子供が新聞紙でチャンバラをして、喫茶店では熟年の夫婦が紅茶を啜り、談笑している。
まさに平和という言葉そのものを具現化した情景である。
だが「完全な平和」というものはどこの都市へ行っても存在はしない。
それは当然のことだがこの都市において、それが実現出来ない理由は他とは少し、いやかなり違っている。
心安らぐこの情景も所詮は表面上のものに過ぎないのだった。
ここはアマルガ。
魔法使いと死霊術使いとただの人間が共生する大都市である。
「きゃあああああああ!!誰か助けて!!誰かぁー!!」
薄暗い路地裏に若い女らしき悲鳴が響き渡る。
「てめぇ!!急にか弱い女ぶるんじゃねぇ!格安の薬だなんて言ってただのそこらで売ってるラムネ菓子を売ってきたのはてめぇだろうが!」
それと共に男の怒号も響き渡る。
ガラの悪い男三人に、小さな体にローブを羽織り、顔まですっぽりと布で覆った、男か女かもわからない者が一人。
どう見てもリーダーの男に取り巻きの二人が続いて、カツアゲでもしているような絵面である。
「うるさいなぁ!格安は格安なんだからいいだろ!それに、あれはラムネ味の下剤だよ!なんの薬か聞かなかった君たちが悪いんだからね!」
「てめぇのせいだったのかよあの腹痛は!てっきり副作用だと思ったじゃねぇか!そんな薬仕入れる金があるならなんであの薬を仕入れねぇんだよ!」
だがどうやら非があるのはローブを羽織った者の方らしい。
「仕方ないじゃないか!騙されたのは君たちだけじゃないんだからね…僕もあの薬を仕入れようと思ってたのに…下剤…ラムネ味の下剤って…」
「こっちは知ったこっちゃねぇんだよ!金返せ!!」
「ちょッ!!」
興奮したリーダー男が顔を隠しているローブを振り払い、襟首を掴む。
「「「「えっ…」」」」
四人の時が止まった。
ローブの下からは少し幼げな女子高校生くらいの血色のよい可愛らしい顔がさらけ出された。
エメラルドグリーンの目と、ブロンドヘアーにふたつおさげを作って両肩に垂らしてあるのが田舎娘のような清純さを感じさせる。
中性的な声からは予想できない容姿である。
「お前…女だったのか…」
取り巻き二人もあんぐりと口を開けたまま静止している。
「ちッ…。バレたか…めんどくさいなぁ」
状況が飲み込めたリーダー男の憤怒の表情がみるみるうちにいやらしい、溢れる欲を隠そうともしない笑顔へと変貌していく。
男に耐性がない女が見ると震え上がりそうな顔だ。
「しかし…可愛い顔してんじゃねぇか。胸は無さそうだけどよ。ちょうど溜まってたんだ…どれ、お詫びに俺達と遊んでくれよ」
「はぁ、もう…キモいよ」
少女は呆れたようにため息をつくと、リーダー男を蹴り飛ばし、ローブを脱ぎ捨てて、黒い盗賊衣装を見せたかと思うと、目にも止まらぬ速さで跳躍し、路地を作り出した建物の壁を蹴って、蹴って、屋上を目指し始めた。
「逃がすか!」
リーダー男が少女の方へ向けて、右手を突き出す。
すると手のひらから小さな魔法陣が出現し、そこから直径15cm程の火の玉を撃ちだした。
炎は少女に当たることは無く、建物へと当たり大きな焦げ後を作った。
リーダー男に続いて取り巻き二人も手を突き出す。
片や氷のつぶて、片や土の塊を発射したが、どちらも当たることは無く、少女は遂に建物を登り終えてしまった。
「ちくしょう!!あのアマ覚えてろ!顔は覚えたんだ、いつか引っ捕まえて痛めつけて裸に剥いて俺の恐ろしさを教えてやる!!」
リーダー男は目を充血させ、自らの汚らわしい欲望を吠えた。
すると今までリーダー男と少女の話す声だけがしていた路地裏に新たな声が飛び込んできた。
「今…魔法を…使ったのは…お前達…だな?」
喋り方にかなり癖があるそれは喋りの合間に薄い鉄板同士のぶつかり合うガシャガシャという耳障りな音をリズミカルにたてながら近づいてくる。
三人はその音が聞こえた瞬間震え上がった。
三人はおそるおそる振り返り、声の正体を確認した瞬間血の気が引いた。
その正体は西洋の甲冑を着た男だった。
普通は飾られているような鎧が動いているのは、まるで古城から抜け出してきた亡霊のようで怖がるのは当然だが、三人が怯えているのはその中身に対してだった。
「兄貴!やべぇよ!捕まったら俺達おしまいだ!」
「逃げようぜ兄貴!」
「う、狼狽えるんじゃねぇ!普通に逃げたって簡単に撒けるような相手じゃねぇ!それに、今の俺達には魔法が使えるんだ!…ッ!そうだあれを飲もう!もっと!」
「わ、わかったよ兄貴」
三人はポケットを探り、錠剤の感触を確かめると即座に握りしめ何錠かを口に放り込む。
すると三人はすぐに苦痛に悶えだした。
「その錠剤から…魔力を感じる…もしかして…それは」
「うるッッッせぇ!!」
歩み寄って行った甲冑は一瞬で自分の身長を超えるほどに巨大な超高温の青い炎に包まれた。
間髪入れず、取り巻き二人が形成した厚い氷に覆われた土の槍が甲冑を貫く…はずだった。
「つぎはぎの魔法に…やられるくらいなら…俺達がいる意味がないことくらい…わからないか?」
火炎に怯んだかと思われた甲冑は炎の中から片手を突き出し、飛んできたボールをキャッチするかのようにソフトに槍を受け止めた。
すると槍の氷は一瞬で水と化し、土は槍の形を失い、水と共にドサリと地面に落ちた。
「ある程度の魔法は…無効化出来るんだが…それにしても…水蒸気爆発を狙うとは…なかなかいい連携だな、土は…視界を遮って逃げる為か?」
感心したように問うと
「へっ、へへっ、へははははは!」
顔を真っ青にしたリーダー男が気が触れたように笑い始め、ポケットを探り、躊躇なく手一杯に握りしめた錠剤を口に放り込んだ。
「兄貴!そんなに飲んだら、脳みそ爆発しちまう!吐き出してくれ!」
「兄貴が!…兄貴が狂っちまったよぉ…嫌だ!死なないでくれ兄貴!」
二人の言う事など鼻から聞く気がないかのようにリーダー男は大量の錠剤を飲み込む音で返事をする。
「「兄貴!!」」
「ごぼぁ!!…へへっ、狂ってなんかねぇよ…俺は…いつだって冷静…おぇぇ!…はぁ…はぁ…逃げろ」
「「え?」」
「今すぐ逃げろっつってんだ雑魚ども!」
「で、でも」
躊躇う取り巻きの肩へリーダー男の言葉の意図を理解したもう一人の取り巻きが手を置いた。
「…行くぞ」
「お、お前」
「行くぞ!」
「…あぁ」
後ろ髪を引かれる思いをしながらも取り巻き達は甲冑とは反対側へ駆け出した。
だが感動的に仕立てあげれば事は上手くいくというご都合的なものはその冷酷な甲冑に通用しない。
「逃がすと…思っているのか?」
今まで三人の様子を理解出来ないものを見るように観察していた甲冑は逃げ出す二人を見て驚異的な跳躍力で二人に追いつこうとした。
が、それを阻むものもまた一人。
リーダー男の頭上スレスレを飛び越えようとした瞬間、右足をリーダー男が鷲掴みにした。
すると甲冑の足元で爆音が鳴り響き、視界が揺れ、気づいた時には地べたに横たわっていた。
何が起きたのかわからず、立ち上がろうとしても右足で地面を踏みしめることが出来ず、また倒れてしまい、困惑したが甲冑はすぐにその理由を理解した。
右膝から下が中身ごと跡形もなく爆散していたのだ。
「ただの人間が…俺の魔力無効化値を超えて…この威力を出すなんて…お前…もう…」
「あぁ…長くはねぇよ、だからもう何も怖くねぇ…さて、邪魔もいなくなったところだ…派手にやろうぜ」
先程までの怯えた表情は見る影もなくリーダー男は拳と拳をぶつけ、白い歯と決意を固めた力強い目を見せた。
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