第21話
「まあ、お蔭さんで忙しくさせてもらってますよ。でもうちなんかよりG&Tのほうがもっと忙しいはずよ」
鮫島は性格からして自分とこの内情をさらすことはなく、五嶋のほうに鉾先を向けた。五嶋は黙っていた。
「俺のところは、恥ずかしい話、ここんとこさっぱりでね、きょうだって定例会に顔を出したのは、営業を兼ねての出席だったんだ」
笠間は悄然としながら話した。よほど困っているらしく、仕事の話になると先ほどまでとはまったく違った顔つきになった。
ジョージ笠間という男は業界の中でも異端児といってもいいくらい異色の存在だった。建築家の中でも芸術家といえるのはほんのひとつかみで、あとの人間は頭の中で芸術家というイメージを拵え上げてそのように振舞っているだけだ。そういった視点から見ると、ここにいる三人ともが芸術家と呼ばれるにはまだ至ってない。
一般的に、そんなプライドが邪魔するお蔭で、汲々としながらも下請け仕事を避けてとおりたがるのが普通なのだが、いまの笠間は役に立たないプライドよりも仕事を優先した。業界には、彼のように手助けをしてくれる人間も必要なのだが、ヒューマノイドの普及によっていつのころからか業界の片隅に追いやられてしまっていた。
気がつくと新しい仕事のやり方に取り残されてしまっていたのだ。それまではやはり笠間も例外なくプライドを秘めて仕事に対峙していたが、知らず知らずのうちに潮流に流されて沖をさまよっていた。
「そうですか、いますぐには返事ができないけど、何でもよかったら捜しておきますよ。でも、もし都合がつかなかったら勘弁してくださいよ」
五嶋は見かねて笠間に救済の手を差し伸べた。これまでにも何度か設計の協力をしてもらったことがあるので、依頼するのにそれほど抵抗はなかったが、笠間の仕事は、どちらかというと荒っぽい部分が見えたりするので、すべてをまかせるというわけにはいかなかった。
「いやいや、そういってもらえるだけでも嬉しくて泪が出そうになりますよ。贅沢をいえる身分じゃないので何でもいいですから、よろしくお願いします」
五嶋の顔を正面切って見ることができなかった。口ではそういっているものの、残りわずかになった砂時計の砂のようにまだかすかに矜持が残っていた。
笠間はふたりの水割りを造りはじめた。それがふたりに対してせめてもの応えであるかのように……。
ふたりのグラスを整えた笠間は、遠慮がちに自分のを拵えると、グラスを口にする前に煙草に火を点けた。烟を吐き出したとき、先ほど喫った煙草とは心なしか別のもののような味がした。五嶋と鮫島は何やら小声でしきりに話している。笠間が入り込む余地のない話しぶりだった。
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