第19話

「やめてよ、俺はそんな器じゃないよ。俺よりゴトちゃんのほうが貫禄あるから、今度の選挙で会長に立候補したらどう? 少なからず力になるよ」

「冗談じゃないよ、僕のどこに貫禄あるの、こんな痩せっぽちの躰だのに……からかってんじゃないの?」

 五嶋は笑いながらいった。

「ねえ、ゴトちゃん、久しぶりにこのあとどこかに飲みに行かない?」

 クラッカーに載ったチーズを前歯で噛みながら鮫島は訊いた。

「いいね、こんな面白くもない連中と飲んでるよりそっちのほうがよっぽどいいね。……で、どこに行く?」

「六本木」

 鮫島はすでに決めていたのか、返事にためらいがなかった。

 ふたりが躰をよせ合うようにして話をしていたとき、部屋の中央あたりから笑顔を振り撒くようにしてひとりの男が近づいて来た。

 男はがっちりとした躰をベージュ色のジャケットにジーンズで包み、薄い色のサングラスをかけるという一見場違いと思える格好に思えたが、まったく本人は気にしてない様子だった。

 男はジョージ笠間といった。この男も五嶋たちとそれほど違わない年齢で、気取りのない気さくな人間だが、ちょっと普通とは違った感性の持ち主だった。

「やあ、またふたりで悪巧みでも話してんじゃないの?」

 ジョージ笠間は右の手を振りながら近づいて来た。

 五嶋たちはこの男とけっこう話はするのだが、ジョージ笠間というのが本名かどうかは知らなかった。

「そんなんじゃないですよ。そういえば笠間さんここに顔を出すのは久しぶりじゃないですか? お会いしたのはずいぶん前だった気がするんですが」

 鮫島は挨拶そっちのけで一生懸命にはぐらかそうとした。

 ジョージ笠間は嗅覚の鋭い男で、一度狙った獲物は絶対に逃さないという特技を持っていた。おそらくふたりを見て何かを感じたに違いない。

「邪魔したかな。……いいよ、ちょっと話をしたらすぐ退散するからさ」

 ジョージ笠間は僻みを含んだ言い方をした。

「いや、そんなことはありませんよ。丁度話題もなくなったところだったんで……」

 鮫島は心にもないことを口にしてしまった。

「そうなの? 迷惑じゃなかった? じゃあ、三人でゆっくりと話をしようよ」

 ジョージ笠間は見逃さなかった。鮫島と五嶋は思わず顔を見合わせて苦笑いをした。

「五嶋さんは相変わらず忙しそうだね。嘘ついてもだめだよ、顔にちゃんと書いてあるんだから」話に遠慮がなかった。

「さっきまであっちこっちのテーブルに顔を出してたんだけど、あの老頭児ロートルたちの覇気のない会話を聞いていると、この協会は先長くはないね。そう思わない?」

 ジョージ笠間は、ふたりが小声で話していたことと同じことを周りを気にせずにずけずけと喋った。

「ふたりして笠間さんと同じことを話してたところなんですよ」

 鮫島は小声でいう。周りが気になってどうしても笠間のようには話せなかった。

 しばらく三人で話を交わしているうちに閉会の挨拶がはじまり、五十人近くいた会員が気怠るそうな拍手で締めくくると、それぞれが四、五人の塊りとなって思い思いの目的地に向かって散って行った。五嶋たちはほかの連中をやり過ごすのに少しロビーで時間を流してからホテルを出た。

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