第17話

 その代わり、これまでとはまったく逆で、施設に入るのを拒否した高齢者はその扶養者に対して年収の五パーセントの税金を課し、扶養者のいない高齢者は収入の一パーセントを徴収するという法律まで併せ持った。当然医療費の軽減や老人無料パスの優遇も廃止された。これは、いってみれば半ば施設に強制的に収容しようとするものでしかなかった。

 国民は自身の終焉に対して、施設に入れば家族に迷惑をかけることなく余生が送れるという安心感を持ちはじめたが、これまで国民を無視してきた政府のやり方には半ばの信用だった。一旦は闇の中ににひと筋の光芒を見たように思えたが、しかしそれは表向きの口実で、老人収容施設が建てられるようになって二、三年すると、ひとびとの間でひそひそ話が囁かれるようになった。

 そのうわさ話の内容というのは、収容された人間が、早い収容者だと半年もしないうちに病気が原因で死んでゆく。それがたまのことならそんな疑惑も起こらなかったのだが、巷でうわさになるくらいだからそこそこの数の病死者が出ている。その数、全国の統計からすると、前年度の数字は、愕くことに収容者の約35パーセントが入居から一年以内に死亡をしていたのだ。この事実は政策の裏側にある計算しつくされたものに違いない。

 当然のことながら、テレビはもちろんのこと、疑問を持った週刊誌や読者からの投書で動かざるを得なくなった新聞社などが真相究明のために取材を行ったが、施設のいい分は、「あくまでも病死であって、疑いをかけられる事実はない」と、どこの収容施設でもわかで捺したように返事が戻ってくるのだった。

 そんなことでおいそれと引き下がるマスコミではなく、様々な角度から手を廻して真実を求めたが、想像以上に先方の防御は堅牢で、各社各誌ともスクープは得られなかった。

 しかし、相変わらず国民はありがたく思う反面かすかに不透明な部分を抱えていた。一度植えつけられた潜入感はそう簡単には払拭できるものではない。

 五嶋の頭のなかにも、やはりそのことがカサブタのように膠着していた――。


 いま五嶋は母親とふたりで首都十五区(台東)の入谷に住んでいる。けして大きいとはいえない敷地に豪邸に見劣りしないデザインで建てた。二階建ての洒落た建物だ。これは五嶋のセールスポイントで、会社のパンフレットやホームページにも一例として載せるほど自分でも満足のできる作品のひとつだった。

 その一緒に住む母親の佳乃よしのはあと半年で七五歳になろうとしている。もうしばらくしたら例の通知が舞い込むはずである。そのときに母親がどんな態度を見せるのか、それが気がかりでならなかった。

 五嶋がこれまで耳にしたところでは、家族が引き止めても自らすすんで行こうとする老人や、本人が家族と一緒に残り少ない人生を暮らそうと思っているのに、自分たちの生活を優先に考えてこれまでの恩を忘れて、無理やり収容させようとする家族、あるいは半ば喧嘩別れ同然ようにして収容施設に向かう家族などその人間模様は無数にあった。うわべの話を聞きのぞくだけでも、そのどれもがドラマになりそうなくらいの軋轢や憎悪、家族愛を孕んでいた。

 五嶋はこの差し迫った状況になるまでそれに対して意識がなかったというと嘘になる。これまで絵空事のようにしか思っていなかったことが、逃れることのできない現実として足音を忍ばせながら近づいている。たったふたりの家族だけに、どんなことがあっても施設に入れるつもりはなかったが、事実関係は定かではないにしても考えるだけで不愉快に思えてならなかった。

 五嶋は長嘆息を吐いた。――そんなことをいい出すはずはない、と確信と願望が綯い混じりになった気持で自分に言い聞かせた。

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