第15話 episode 2 六本木のバー 1


 数日後、五嶋が少し遅めにオフィスに顔を出すと、待ち兼ねていたように田所剛史が足早に五嶋のデスクに歩みよった。

「――所長」

 田所はもったいぶってなかなかいい出さない。

「どうしたんだ、田所。何か問題でも起きたのか?」

 仕事に関して全幅の信頼をよせている五嶋は、悠然とした笑みを浮かべていた。

「いや、そうじゃないんです。今朝ほど首都庁建設課から電話があって、首都2区(荒川)の老人収容施設の設計が落札したので手つづきに来て欲しいということでした」

 設計委託の報告だけに田所の声はどことなくはずんでいた。

「そうか」

 五嶋の返事は重く聞こえた。

「所長、どうかしたんですか、あまり乗り気じゃないようですが……」

「そんなことはない。来るものは拒まずだよ」

 そういった五嶋だったが、長年そばにいて五嶋を見ている田所には感ずるものがあった。

「でも所長、いまでもオーバーフロー気味になってますけど、大丈夫でしょうか?」

 田所は心配顔をさらに強くした。

「田所、お前何いってるんだ。役所の仕事はいくら嫌でも相当の理由がない限り断われないだろ。民間の仕事がこの先ずっとあるという保証はどこにもないんだから」

 五嶋の口吻は怒気を含んだものになっていた。そして田所をなぐさめるようにつづけていった。

「お前を頼りにしてるんだから、そんな弱気にならずに頑張ってくれよ」

「はい。別にそういうつもりでいったんじゃないんです」

「田所、この仕事お前にまかせるから、契約も実施もすべて取り仕切ってくれないか。もし内部で処理できないようであれば、外注に頼めばいい。それも含めて一任する」

「はい、わかりました。経過は逐次報告はするようにします」

「そうしてくれるか、わるいけど……で、先方はいつ契約に来いといっていた?」

「明日です」

「書類と印鑑はいつものところに揃えてあるから、雛形にならって必要事項を記入して契約書を拵えてくれ」

 そういったあと、五嶋は椅子から立ち上がり、後ろ手にしながらオフィスの中をゆっくりと見て廻った。

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