第14話
寿司屋での談笑は約二時間ほどつづいた。――
多美子の運転で岩田の自宅に戻った五嶋は、念のために自分の車に近づいてドアを開け、エンジンをかけてみようとした。ところが、車は深々と眠っているようで何の反応も見せない。
(やはりだめか……)
あきらめた五嶋はしかたなく、岩田夫婦に酔い醒ましの時間をもらうことにした。
このようなケースがはじめてではない多美子は、慣れた仕草で自宅に五嶋を招じ入れた。ほどよく飲んだ岩田は、ひとり先に家に入り、応接間で多美子の目をぬすんで大好きな葉巻に火を移していた。
「社長、すいません、ご迷惑おかけして」
五嶋はドアのそばに立ったままで頭を下げた。
「いいから、いいから。まあこっちに来てゆっくりしたらいいですよ。いまコーヒーでも淹れさせるから」
「明日は、飛行機の時間早いんじゃないんですか?」
ソファに腰掛け、掌を擦りながら岩田を気遣った。
「いや、午後の便だからそう心配することはない。逆にいつもより遅いくらいだから、気にせずゆっくりして下さい」
「ありがとうございます。でも、何かとお忙しいですね、大会社の社長というポストは」
五嶋は心の底からそう思っていった。
「先生、大きな声ではいえませんが、本当のこというと半分遊びなんですよ。家内には仕事だといってありますけどね」
岩田は躰を前に突き出すようにして小声で話した。そこまでいうと、今度はソファの背もたれに躰を預けてゆったりと葉巻を吹かした。
そのとき、ドアがノックされて多美子がコーヒーを搬んで来た。
「あなたったら、もう」
葉巻を燻らす岩田をにらむようにしていった。岩田は多美子の機嫌を損ねないようにしているのか、黙って灰皿で揉み消した。
その後、コーヒーを飲みながらこれから建てようとする家の話や複雑に入り組んだ建築業界の話で二時間ほどが過ぎた。
車に乗り込み、半信半疑でエンジンをかけると、車は何とか五嶋を受け入れてくれた。ほっと胸を撫で下ろした。後ろで見送っていた多美子の洩らす息が背中に感じるほど空気が張り詰めている状況で、このまま引き返してもう一度岩田の家に入るわけにはいかなかった。
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