第13話

 岩田は体格が報らせるとおり、杯を搬ぶ頻度も並はずれていた。幾度も酒の席で感じたのであろう、相手のペースを読み取ると、手前に銚子を引きよせてマイペースでやりはじめた。五嶋にしてみればそのほうがありがたかった。せっかくの寿司をゆっくり味わうことに集中できるからだ。

「ところで、先生、まだおひとりなんですって?」

 それまで身を退いていた多美子が、箸を置きながら場をつくろうように口を開いた。

「ええ、お恥ずかしいんですが、この歳になっても、まだ……」

「先生ほどのお人が、独身でいるなんてもったいないわ。何て世間の女性は目がないんでしょ、ねえ、あなた」

「お前がそんなに心配しなくてもいいんだよ。先生は先生でちゃんとうまいことやってるから」

 岩田は、男の世界に女が介入するなといいたげに蔑んだ言い方をした。

「じゃあ、先生、いい女性ひとがいらっしゃるの?」

 多美子は興味があるかのように真剣な顔で訊いた。

「白状しなきゃだめですか?」

「そりゃ、そうよ。だって、もう家族同様なんですから」

 岩田は、多美子と五嶋のやりとりを杯を舐めながら薄笑いの顔で聞いていた。

 五嶋は酒が入ったせいで、いままでの堅苦しい口調もやや解れたものとなっていた。

「ええ、正直なことをいうと、自分自身で、この女性ならというひとはいることはいます。でも、逃げているわけじゃないんですけど、仕事に追われてしまってなかなか踏ん切りがつかないのが本音です」

「先生のおっしゃることはよくわかりますわ。でも、女性の味方をするわけではないですけど、相手を待つということはとても辛いことなんですのよ」

「ええ」

 五嶋は短く答えた。多美子がいわんとすることは痛いほどわかっている。しかし、こと結婚となると、慎重にならざるを得なかった。若いときならいざ知らず、この歳になっての結婚は相手のことを思えば思うほど慎重になってしまう。思考の迷路に入り込んでしまうと、しまいにはわけがわからなくなって自分自身を見失うこともままあった。

「多美子、いいかげんにしないか、先生が困ってるじゃないか」

 岩田は酔いを含んだ笑いを浮かべながら野太い声でいった。

「先生、ごめんなさいね。ついつい身内みたいな気がして……気になさらないで」

 多美子は白いレースの縁取りをしたハンカチを口元に持って行った。

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