第12話

 三人は多美子の運転で十分ほど離れたところの『寿司源』に顔を出した。店構えは住宅地に不似合いなほど高級感を見せていた。入り口にかけられた麻の暖簾が春風にそよいでいる。

 いつもはカウンターの真ん中に席を取るのだが、きょうばかりは座敷にした。寿司屋のカウンターというのは、中身のある話をするにはふさわしくない場所だからだ。

「先生、何を飲みます? ビールですかそれとも日本酒」

「いえ、私、車ですから」

「少しくらいはいいんでしょ、先生」

 岩田はおもねるような顔で訊いた。

「いえ、最近車を新しくしたんですが、これがアルコールに対して過剰に反応するもんですから、呼気に少しでもアルコールが入っていると、どうしようもないんですよ」

「最近うるさくなったからね……でも酔いを醒ましてから帰れば問題ないんでしょ」

「それはそうですけど、でも……」

「まあ、あまり無理に勧めてもあれだけど、さっきもいったように、私は明日から東南アジアにいくので、しばらくの間日本食ともお別れなんでね、だから寿司でも喰おうと思ったんですよ」

「五嶋さん、飲まれるんでしょ?」

 横から多美子が口を挟んだ。

「ええ、まあ、お付き合い程度ですが……」

「だったら、家で休んでから帰ればいいことですから、少しだけ付き合ってやって下さいな」

「そうですか。わかりました、そいじゃあ、社長におまかせしますから」

 五嶋は意を決したようにいった。

 岩田は思ったとおり日本酒を仲居にいいつけた。おそらくここの華客なのだろう、仲居は酒の銘柄を訊くこともしなかった。

 しばらくすると、黄瀬戸の器に載せられた見るにも鮮やかな寿司が、それぞれの前に勧められる。思わず魅入るほどの彩りだった。

「先生、とりあえず頼んでみましたが、ここは私のひいきの店ですから、何なりと好きなものを注文して下さい。ネタは保証しますよ」

 岩田は九谷の銚子の首を摘んで、五嶋の前に差し出した。五嶋が恐縮しながら出した杯に心地よい音を響かせながら移し込んだ。透かさず注ぎ返す。そしてふたりが目づかいで杯を交わすと、申し合わせたように杯を干した。

 日本酒を酌み交わすというのは、ビールや焼酎とは違って人をよせ合う独特の魔力があった。自分さえ冷静でありさえすれば、相手のことを知ろうとするには格好の小道具でもある。

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